第4話 出会いのスポーツジム
自分の姿を冷静に見てみることは必要だ。バイアスを掛けずに、せめて普通よりちょっとだけ若々しい程度でも目指してみませんか、と私は自分に問いかけた。
夫と別れて仕事一筋に頑張ってなんとか生きてきた。また男に頼ろうなんて考えたことはない。しかし、やっぱり素敵でカッコイイお婆ちゃんの方がいいじゃないか。私は弾かれたように立ち上がり、家から1番近くにあるスポーツジムを探した。これまでにもジム登録をした事はある。でも直ぐにお金を支払うだけの状態になり、半年ほどで辞める…というのを3度繰り返していた。
「ああ勿体ない勿体ない」と声に出して言いながらも携帯で体験入会の申し込みを済ませた。
体験入会の日は、3人の体験者にコーチがついて、館内を案内しながらマシンの使い方などを実際に指導してくれた。体験者は私が多分一番上の60代で、あとの2人は40代後半に見えた。
「初めまして。私は水野って言います。若い人のグループだとどうしようかなんて思ってたけど、良かったです。あ!失礼だったか…ごめんなさい」と40代後半に見える女性が言った。「よろしくお願いします、あ、沢木と言います」ともう1人の少し若いかな、と思う人が頭を下げ、私もよろしくと会釈をした。
コーチは日常では絶対親しくなれないような、引き締まった体と白い歯を持つ若者だった。30歳は過ぎているかもしれないが私から見たらその辺は皆若者だ。
マシンの使い方指導の時、嫌な感じがしない程度に腕や背中を支える。私は流石に動じないが、沢木さんがドギマギしているのが見て取れて面白かった。2フロアに分かれている施設内をプールを除いてほぼ回り終わって規定の時間が終了した。
「なんだか疲れましたね…お二人は入会されますか?」
沢木さんが私たちの顔を見て困り顔で尋ねてきた。私は「まぁ、自分に鞭打たなきゃなんで入会するつもりです」と自虐的な笑いと共に答えた。水野さんも「私も心身ともに鍛えたいので、筋トレはジムじゃないとできないし…入会しようかと思います」と丁寧に答えた。
3人でロッカールームに戻って着替え終わると、私は水野さんと沢木さんに「下のラウンジで休憩しませんか」と誘ってみた。
沢木さんは少し躊躇しながらも「そうですね…」と頷いた。1階の申し込みカウンターの横にラウンジが有り、自販機や自由に飲めるウォーターサーバーが置いてある。慣れてる会員らしき人たちは、窓際の長いカウンターに座ってプロテインを飲んでいる。私たちは壁際のベンチシート伝いに等間隔に置かれた四角いテーブルの一つに向かい合って座った。
「あーやれやれ。久しぶりになんだか疲れましたね」と私はまた同じような事を言った。それぞれが飲み物を飲みながら同じようにため息をついたので、思わず顔を見合わせて笑った。
「初めての人に言うことではないのですが、私、少し前にメンタルやられちゃって、心療内科通ってるんです。もうかなり良いので、先生の勧めもあって少し身体を動かしてみようと思ってます」と沢木さんが言った。「初めての人に言うことではない、と言いましたが、知ってる人には逆に言えなくて…ジムで汗かいてスッキリしたいなぁと思ってます」決して暗くはない微笑みで肩をすぼめた。
咄嗟にどんな返事して良いか分からなくて、「あの、私は中谷って言います。最近自分の老化がどんどん醜くなっていくのが恐ろしくて、ここは一発逆転を狙って」なんの逆転か分からず、3人で笑ってしまった。
「さっきのコーチ、感じ良かったですね。普段むさ苦しい旦那くらいしか見ないから、さわやかでしたわ」と水野さんが屈託なく笑った。
ジムに入ろうかと考えてる事だけが共通の年齢の違う3人は何故か直ぐに打ち解けた。結局三人とも入会を決めて、「また、ここで会うといいですね!」と別れた。
私は水曜日の仕事帰りと土日にジムに通うことにした。60代でも無理なくできるメニューをフロアを巡回しているコーチに聞きながら、少しずつ時間を伸ばしていった。入会してひと月ほどたったとき、マシンのフロアで水野さんを見かけた。水野さんはパーソナルコーチを付けているようで、コーチが声に出してショルダープレスのカウントをしていた。
「いいなぁパーソナルなんて贅沢でつけられないわ」と独り言を言いながら、私はお気に入りのエアロバイクを消毒用のタオルで拭いた。ハンドルを拭きながら横目で水野さんを覗き見ると、赤い顔でローイングマシーンを頑張っていた。
水野さんがクールダウンをするために、テレビのついた方のエアロバイクに来るのが見えた。私は「お久しぶりです。同じところに来ていてもなかなか会わないもんですね」と声をかけた。「ああ中谷さんー」と上気した顔で私を見た水野さんは初めて会った時より生き生きして見えた。
次の更新予定
疑似恋愛…バツイチ60歳と3人の妻達が夫に仕掛ける甘い罠 麻耶ノン @Mayanom2025
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。疑似恋愛…バツイチ60歳と3人の妻達が夫に仕掛ける甘い罠の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます