第2話 皇女さまとホッケ
カランカラン、と再び鈴が鳴る。
ガランが「あつかん」の魔法に包まれて幸せそうに鼻を鳴らしていると、店の奥にある「ゲート」から、これまでにないほど華やかな、そして「高慢」な気配が流れ込んできた。
現れたのは、白銀の刺繍が施された豪奢なドレスを纏った美少女だ。 彼女は扇子で口元を隠しながら、新宿の路地裏にある場違いなほど質素な店内を見渡し、眉をひそめた。
「……ここが、我が帝国の騎士たちが夜な夜な消えるという、噂の『異界の離宮』ですの? 随分と、……その、庶民的な場所ですわね」
彼女の名はセラフィナ。帝国第一皇女であり、その舌は大陸中の美食を味わい尽くしたと言われている。
「おいおい、皇女様がお出ましだぞ。ケンジ、こりゃ不敬罪で店が潰されるか、美味すぎて帝国御用達になるかの二択だな」
レオンがニヤニヤしながらホッピーを啜る。 ケンジは動じることなく、新しいおしぼりをカウンターに置いた。
「いらっしゃい、お姫様。うちはドレスコードはないが、泥酔だけは勘弁してくれよ。……さて、何からいく?」
「……ふん。わたくしを満足させるのは、ドラゴンの心臓のローストか、フェニックスの涙のスープくらいですわよ。……まずは、その『とりあえず』というのを出しなさいな」
「はいよ。まずはこれだ。……『ポテトサラダ』。箸休めにちょうどいい」
ケンジが差し出したのは、何の変哲もない、マヨネーズで和えたポテトサラダだ。 皇女は「ただの芋の潰したものではなくて?」と疑いながらも、一口含んだ。
「――っ!? な、なんですの、この滑らかな舌触りは! それにこの、酸味とコクが絶妙に混ざり合った未知のソース(マヨネーズ)……。芋の素朴さが、この白い魔法によって貴族のデザートのような気品を纏っていますわ!」
「お次はメインだ。……『真ホッケの開き』。北海道……いや、北の海の恵みだ」
厨房でじっくりと脂を乗せて焼かれたホッケが、ジュウジュウと音を立てて運ばれてくる。 異世界の魚料理は、基本は香草焼きか煮込みだ。「開いて焼く」というシンプル極まりない調理法に、皇女は言葉を失った。
「見て、この脂の輝き! ナイフ……ではなくこの棒(箸)を入れるだけで、身がホロリと解けて……。……美味しいっ! 塩気が、魚の甘みをこれ以上ないほどに引き立てて……あぁ、白ワイン、いえ、『冷酒』をくださいな!」
一時間後。 そこには、扇子を放り出し、ホッケの骨を夢中でしゃぶるセラフィナの姿があった。 彼女の頬は冷酒で赤く染まり、気高い皇女の面影はもはやどこにもない。
「ケンジ殿……この『エイヒレ』という、噛めば噛むほど味が出る不思議な食べ物は何ですの? 帝国の重臣たちに教えてやりたいわ……戦などしている暇があったら、このヒレを炙って酒を飲め、と!」
「そう言ってもらえると助かるよ。……お姫様、評価の方も頼むぜ」
レオンが差し出したタブレットに、彼女は震える指で文字を打ち込んだ。
【異世界グルメ・ポータル:☆☆☆☆☆(星5)】
投稿者:白銀の美食家S 「警告いたします。この店の『ホッケ』は国家機密級の破壊力です。帝国最高のシェフでも、この『マヨネーズ』という名の
「……おいケンジ、皇女様まで居着いちまったぞ。もうこの店、異世界の首脳会談ができるレベルじゃないか?」
レオンが呆れたように笑うが、リィンは「賑やかでいいじゃない」と、おかわりの日本酒を注文した。
ケンジはカウンターを拭きながら、満足げに笑う。 異世界の騒乱も、国同士のしがらみも、このカウンターの上では関係ない。 ただ、美味い飯と、冷えた酒があれば、そこが最高の「楽園」なのだ。
「さて、次は『厚揚げ』でも出すか。お姫様、生姜は大丈夫か?」
「……何でも持ってきなさい! 今日のわたくしは、一兵卒よりも食欲旺盛ですわよ!」
新宿の夜は更けていくが、ゲートを抜けてやってくる客たちの宴は、まだ始まったばかりだった。
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異世界帰りの冒険者、居酒屋を開く。~すると世話になった勇者やエルフや聖女が常連になって大繁盛。ちなみにネット評価は☆☆☆☆☆!~ 羽田遼亮 @neko-daisuki
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