異世界帰りの冒険者、居酒屋を開く。~すると世話になった勇者やエルフや聖女が常連になって大繁盛。ちなみにネット評価は☆☆☆☆☆!~
羽田遼亮
第1話 居酒屋ギルド・テイル
東京・新宿。煌びやかなネオン街のすぐ隣、再開発から取り残されたような細い路地の突き当たりに、その店はある。 看板には『居酒屋 ギルド・テイル』。
その店の店主の名前はケンジ、かつて異世界で活躍した冒険者、今は小さな居酒屋の主人。
この店の扉には、ケンジが施した強力な「認識阻害」と「
「ここは東京にある、異世界人専用の
ケンジはカウンターの中で、琥珀色の液体が満ちたジョッキを差し出した。
常連客の宴と、新たな「客」
「ぷはぁーっ!! このビールという冷たい琥珀酒は、魔王軍の猛攻よりも胃に効くぜ!」
返り血を拭ったばかりの勇者レオンが、喉を鳴らして叫ぶ。 隣ではとんがり耳のエルフのリィンが、現代の「枝豆」を器用に指先で弾きながら、贅沢に冷酒を嗜んでいた。
ケンジは言う。「この世界ではとりあえず生!」って合い言葉があるくらいだからな。それにこの店のビールサーバーは毎日洗浄されているので臭みが一切ないのが特色だ。僅かばかりの濁りもなく、聖水のように清らかだ。
「……信じられないわね。私たちの世界では貴族しか口にできないような高度な精製酒が、この『トウキョウ』ではこんなに安く、しかも冷えた状態で出てくるなんて」
「リィンさん、飲みすぎですよ。……ケンジさん、あちらの『おでん』という揚げ料理をいただけますか?」
聖女クラリスが、湯気の上がる鍋を指差す。 その時、カランカランと、重厚な音を立てて扉が開いた。
現れたのは、身の丈をゆうに超える大斧を背負った、筋骨隆々の老ドワーフだ。 ドワーフの国でも指折りの名工、ガラン。彼は店の空気を吸い込むなり、鼻をひくつかせた。
「……何だ、この芳しい香りは。鉄の焼ける匂いでも、焦げた肉の匂いでもない。もっとこう……魂が震えるような、深い『出汁』の香りがするぞ」
「いらっしゃい、ガラン。……よくゲートを見つけたな。今日は冷えるだろ、まずは温まってくれ」
ケンジが差し出したのは、出汁がたっぷりと染みた『大根』と、ふわふわの『はんぺん』。そして熱燗の一合徳利だ。
異世界にはない「引き算の美学」おでんと熱燗
ガランは疑わしげに大根を口に運んだ。 異世界のドワーフ料理といえば、基本は「塩」と「脂」と「強火」。素材を叩き潰すような濃い味が主流だ。
「……ッ!? なんだ、この柔らかさは……。噛む必要すらない。そして、この透き通ったスープ……。淡いのに、魔力の奔流のように旨味が押し寄せてきおるわ!」
「それは鰹節と昆布、それに日本の薄口醤油を合わせた出汁だ。素材の味を殺さず、引き出すのが日本のやり方さ」
「この、白い雲のような食い物(はんぺん)は何だ! 魚の身をここまで滑らかに練り上げるとは……。この国の職人は、魔法使いを兼業しているのか!?」
ガランは熱燗をグイと煽る。 米の甘みが鼻に抜け、出汁の余韻と完璧に調和した。ドワーフの鉄槌のような拳が、感極まってカウンターを叩く。
「……負けた。ワシは一生をかけて最高の剣を打ってきたが、この一枚の『大根』には、ワシが追い求めた『無駄を削ぎ落とした極致』がある……ッ!」
ネット評価は、異世界の神々をも動かす
店内の隅では、レオンがタブレットを操作していた。
「おいガラン、お前も
【異世界グルメ・ポータル:☆☆☆☆☆(星5)】
投稿者:鉄の親方ガラン 「酒を飲みに来たつもりが、人生の師に出会った気分だ。ここの『おでん』を食べずに、職人を名乗るなかれ。あと、この『アツカン』という魔法の飲み物は、ドワーフの誇りを溶かすほどに美味い。」
「ケンジ、また評価が上がったわよ。……でも、これじゃあ
リィンが困ったように笑うが、ケンジは満足げに鍋をかき混ぜる。
「いいさ。勇者もドワーフも、ここではただの『腹を空かせた酔っ払い』だ。……さて、次は『厚揚げ』でも出すか。ガラン、今度は生姜をたっぷり効かせてやるよ」
「おお、頼む! ギルド・テイル、ここはまさに、戦士たちが最後に辿り着く『楽園』だわい!」
東京の片隅、異世界の英雄たちが夜な夜な集う居酒屋。 そこには、剣よりも鋭く、魔法よりも深く、人々の心を癒やす「日本の味」があった。
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