第45話 神の選択



​村の広場は、爆風と砂塵に包まれていた。


倒壊した家屋から老漁師と少女を救い出そうと泥まみれで這いずる葉弍の背後で、潮鳴り様の巨大な腕が、死の鉄槌となって振り下ろされる。


​私は、その巨大な影の下で、静かに右拳を腰に引いた。


​「……ちぇ。面倒くさい。神様なら、もっと神様らしくしていろよ」


​全身の筋肉が鳴動し、どこを打てば倒せるか、どこを突けば粉砕できるか。私の脳内は「殺し方」を演算する。


​だが、その時だ。


​振り下ろされる潮鳴り様の巨大な拳が、私の直前でわずかに「減速」した。


妖怪の濁った瞳が、私を捉える。そこには復讐の炎ではなく、深い、底なしの絶望と、小さな「願い」があった。


​潮鳴り様は、自らの意思でガードを解いた。


巨大な掌を広げ、無防備な胸元を私の前にさらけ出したのだ。それは、獣が敵に喉を差し出すような、あるいは、聖者が罰を受け入れるような、あまりに不自然な無防備さだった。


​「……ッ!」


​私は、当初の演算を捨て、最短距離で拳を突き出した。


​「はああああああっ!!」


​私の右拳が、潮鳴り様の胸の中央――ちょうど、海底に沈められていたコンクリートの破片が深く突き刺さり、化膿しているその場所に直撃した。


​激しい衝撃波が周囲をなぎ払い、地面が円状に陥没する。


だが、手応えは「破壊」ではなかった。


私の拳は、妖怪の肉体を貫くのではなく、その奥に溜まっていた「澱み」を打ち抜いたのだ。


​潮鳴り様の巨躯が、衝撃で大きく後ろにのけ反る。


しかし、妖怪は悲鳴を上げなかった。それどころか、その口元が、わずかに微笑んだように見えた。


​「……そうか。アンタ、最初からこうして欲しかったんだな」


​私は、倒れ込む潮鳴り様の巨躯に寄り添った。

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