第43話 崩れる楽園 狂える神


​「潮鳴り様……?」


​海苔のついた岩場で震えていた掃除屋の一人が、震える声で伝説の名を呼んだ。


だが、そこに現れたのは村を守る温厚な神ではなかった。


​体長十メートルを超えるその巨躯は、黒い廃液を纏い、背中には海底に沈められていた巨大なコンクリートの塊が、皮膚を突き破って幾つも食い込んでいる。妖怪が動くたびに、その傷口から腐敗した重金属の泡が吹き出し、周囲に鼻を突く毒の臭いを撒き散らした。


​「……ぐ、あああぁぁぁぁぁ……」


​それは言葉というより、喉を焼かれたような苦悶の咆哮だった。


潮鳴り様は、自分を縛り付けていた防波堤を、まるで薄い氷のように粉砕した。粉々になったコンクリートが雨のように降り注ぎ、掃除屋たちの車両を押し潰す。


​「逃げろ! 掃除どころじゃねぇ!」


​リーダーの指示を待たず、男たちは四散して逃げ出した。潮鳴り様は、逃げる人間たちには目もくれず、ただ、その濁った巨眼を村の中心部――役場へと向けた。


​「おい、アホライダー! あのデカブツ、村に行く気だぞ! このままじゃ村が更地になっちまう!」


​葉弍が叫ぶ。村の方角からは、妖怪の姿を見た住民たちの悲鳴が風に乗って聞こえてきた。本来なら村を守るはずのスピーカーからは、混乱した村長の声が虚しく流れている。


「……落ち着いてください! これは単なる土砂崩れです! 全員、家から出ないように!」


​「嘘をつきやがれ……家の中にいたら踏み潰されるだろうが!」


​葉弍は怒りに顔を真っ赤にし、逃げ惑う人々の方へ駆け出そうとした。


私は、潮鳴り様の背中を見つめた。妖怪は、ただ暴れているのではない。身体中に突き刺さった人間の業――汚染物質が、熱いナイフのように彼の肉体を焼き続けているのだ。


​「ちぇ。面倒くさい。あの妖怪……自分でも、どうすればいいか分からないんだ。ただ、熱くて痛くて、止まりたいだけなんだ」

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