第42話 潮鳴り様の怒り
村の静寂は、時として暴力よりも恐ろしい。
葉弍は深夜、村の資料保管庫から盗み出した一束の書類を胸に、波止場を走っていた。街灯はまばらで、潮風にはどこか鉄錆のような臭いが混じっている。
「けっ、見ろよアホライダー。これが『エコ真珠』の正体だ。海底の汚染土をコンクリートで固めた際の、当時の業者への裏金リスト。これさえあれば、あの村長のツラをひっくり返せる……効率的に真実を叩きつけてやるんだよ」
葉弍が勝ち誇ったように笑ったその時、防波堤の先から無機質な足音が響いた。
暗闇から現れたのは、黒いタクティカルウェアに身を包んだ五人の男たち。村長の大森が、不都合な真実を消すために飼っている「掃除屋」だ。彼らの手には、消音器のついた銃と、プロ仕様の警棒が握られている。
「……葉弍さん。貴方は商売のルールを破った。知りすぎた人間を処分するのが、この村の最も効率的な運営方法なんですよ」
リーダー格の男が低く告げた瞬間、男たちが一斉に散った。統制された動き。逃げ場のない防波堤。
「ちぇ。面倒くさい。葉弍、アンタはその紙を持って端っこで震えてろ」
私は、ゆっくりと男たちの前に立ちふさがった。
一人目の男が放った特殊警棒の打撃を、首をわずかに傾けてかわす。コンクリートを砕くほどの一撃が空を切る。そのまま私は、男の懐に滑り込み、掌底で胸骨を叩いた。
「ぐはっ……!」
男が防波堤を転がっていく。しかし、他の四人はひるまない。二人が銃口を向け、残りが死角から刃物を取り出す。
「アホライダー! 危ねぇ!」
葉弍の叫びが響く。
だが、私の赤い目は、彼らの筋肉の収縮から次の動きをすべて演算していた。弾丸の軌道を読み、最小限の動きで回避しながら、次々と掃除屋を無力化していく。
しかし、戦いが最高潮に達したその時、海そのものが悲鳴を上げた。
ドォォォォォォン……!
防波堤が根元から激しく揺れ、海面が異常なほど盛り上がる。戦っていた男たちも、立っていられずに膝をついた。海底から、何かが凄まじい怒りとともにせり上がってくる。
「……なんだ!? 地震じゃない、下から突き上げてきてやがる!」
掃除屋のリーダーが顔を蒼白にして海面を指差した。漆黒の海水の中から、かつての美しい姿を失い、ドロドロのヘドロを滴らせた「巨大な腕」が、月を隠すように現れた。
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