第40話 潮鳴り伝説
青森を離れた私と葉弍がたどり着いたのは、入り組んだ海岸線が美しい、とある入江の村だった。
「見てみろアホライダー!この透き通った海!今時、これだけ綺麗な海は珍しいぞ。ここで獲れる『エコ真珠』の独占販売権を手に入れれば、億単位の金が動く。効率的に稼がせてもらうぜ!」
葉弍は、緑のスカジャンの襟を立て、潮風に鼻を鳴らした。確かに、表面上の海は美しい。観光客はこぞってこの「再生された海」を絶賛し、村のブランド真珠を買い求めている。
だが、私は赤い複眼で波打ち際を見つめていた。
「……ちぇ。面倒くさい。葉弍、アンタにはこの水の底に沈んでいる『澱み』が見えないのか」
「あ? 澱みだぁ? 縁起でもねぇこと言うなよ」
私たちが村の古びた民宿に荷物を置くと、そこで給仕をしていた腰の曲がった一人の老人が、私たちの会話を聞いてボソリと呟いた。
「……あんた、いい目をしてるな。昔、この村には『潮鳴り様』という神様がおったんだ」
老人の話によれば、潮鳴り様は海と陸のバランスを保つ妖怪で、かつて村が公害で死にかけた時、その身を挺して海を清めたという伝説があるらしい。
「だがな、今は誰もそんな話は信じちゃいねぇ。みんな、目先の真珠の輝きに夢中だ。……神様が、今どんな思いで海の底に沈んでおられるかも知らずにな」
老人の言葉を裏付けるように、その日の夜。
穏やかだったはずの海から、地響きのような、低く、悲しい「鳴き声」が村全体に響き渡った。
私は、窓の外の真っ黒な海を凝視した。
「ちぇ。やっぱりだ。……神様が、泣いてるぞ」
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