第39話 冬のサクラ
時刻は12月11日、午後6時0分。雪が静かに降り積もる、枯れた妖怪桜の下。
私たちは、雪の中で一人静かに座っているゆみの霊を見つけた。彼女は、約束の日、あの夕方6時から、ずっと義司を待ち続けていたのだ。
それを見た義司は、すべてを振り払うかのように、雪を踏みしめて早歩きで駆け寄っていった。
「ゆみさん!ゆみさん!」
義司の姿を見つけたゆみは、表情を崩した。彼女の顔に浮かんだのは、かつて義司に向けた責めの眼差しではなく、頬を赤らめた、純粋な喜びの笑みだった。
「義司さん……来てくれたのね」
ゆみに駆け寄る義司の身体は、その場で奇跡的な変化を始めた。
幽霊であったはずの義司の姿が、みるみるうちに若返っていく。シワが消え、腰が伸び、髪の色が濃くなり……彼は、ゆみと駆け落ちを約束した、18歳の若々しい姿に戻った。
それは、時空を超えた愛の力が、義司の存在を最も満たされていた過去へと引き戻した瞬間だった。
義司は、若返った自分の姿でゆみを抱きしめた。
「ごめん!ゆみさん、あの時……行けなくて、本当にごめん!」
「いいの、義司さん。待っていたわ。ずっと……」
二人は、雪と寒さの中で、愛の抱擁を交わした。大正時代に途切れた二人の時間が、今、令和の冬に成就したのだ。
二人が抱き合ったその瞬間、周囲を覆っていた枯れた妖怪桜の木が、まばゆいばかりに明るく光り出した。
ゴォォォォッ!
大地を揺るがすような音と共に、雪に埋もれ、枯れ枝だったはずの桜の枝々に、一瞬にして生命が宿った。
みるみるうちに、桜の枝は鮮やかな花を咲かせ始めた。濃いピンク色の花弁が、雪の中で乱舞し、一瞬にして満開の桜となった。
私たちは、その光景に息を飲んだ。
愛が成就したことで、長年の執着を糧にしていた妖怪桜が、真の優しさの力によって解き放たれたのだ。
満開の桜を背景に、義司とゆみは抱き合ったまま、光の粒子となって、ゆっくりと夜空へと昇っていった。二人の顔には、永遠の安堵と無償の愛が満ちていた。
二人の姿が完全に消えた頃、光を失った桜は、再び枯れた枝へと戻り、雪の中に静かに佇んだ。
私は、その場に立ち尽くし、目の前で起きた最も非効率的で、最も純粋な奇跡を観察した。
「ちぇ。面倒くさい。これが、真の優しさの力か」
葉弍も、いつものタメ口を忘れ、ただ静かにその光景を見つめていた。
「爺さん……ゆみさん……」
その時、満開の桜から舞い落ちてきた最後の贈り物のように、桜の花びらが二枚、ひらひらと私たちの足元に舞い落ちてきた。
私は、その花びらを優しく、そっと掴み取った。
花びらは、私の手のひらの中で、「ありがとう」と言わんばかりの、温かい優しい光を放ちながら、ゆっくりと消えていった。
アホライダーの優しさの探求は、ここで一つの最高の標本を回収した。
「優しさとは、時間を超えても成就すべき、純粋な愛の約束である」
私たちは、妖怪桜の秘密と、義司とゆみの魂の安寧を、雪の積もる青森の村に残し、次の「優しさ」を探すため、再び旅に出るのだった。
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