第37話 妖怪桜の下の約束
枯れた妖怪桜の木の下で、私たちは義司の真の執着、ゆみさんの古い白黒写真を見つけた。
「ゆみさん……」
義司は、写真から目を離せない。
「ちぇ。なんだ、この写真は。ジジイ、アンタの成仏に関わる、最も面倒くさい部分はこれか?」
私は尋ねた。
葉弍も深刻な顔で尋ねる。
「爺さん、この女性が誰なんだ?もしかして、アンタの心残りって、かけっこの順位なんかじゃなくて、この人との間にあったことなのか?」
義司は、写真に触れながら、静かに語り始めた。彼の声は、大正時代の雪解け水のように、冷たく、そして悲しかった。
「ゆみさんは、私にとって最も大切な人だった。私たちは幼馴染で、毎日この村で遊んでいた」
(義司の回想シーン)
中学生になった頃、二人は互いに恋心を抱き、両思いとなった。しかし、その幸せは、村の古いルールという面倒くさい壁にぶつかる。
「この村には、昔からの面倒なルールがあった。女性は18歳になると、親の紹介したお見合い相手と結婚しなければならない」
ゆみが18歳に近づくにつれ、義司は焦った。
「私は、ゆみさんとの結婚を父に願った。だが、父とゆみの父は激昂した。『村の伝統を破るなど、許されない』と」
『父さん!僕はゆみさんと結婚したい!!』
『絶対に許さん!!お前は父さんと母さんが選ぶ女と結婚するんだ!それがこの村の昔からの決まりなんだ!!』
その日の夜、満開に咲き誇る妖怪桜の木の下で、義司とゆみは最後の約束を交わした。
妖怪桜は、この村で最も古く、最も大きく、そして最も美しく咲き乱れる木だった。
『ゆみさん...僕は君を愛してる...。』
『義司さん...私も...。だけどこの村では...』
『あぁ...、なら、君の誕生日の前日、12月11日の夕方6時にここで待ち合わせよう』
『...?』
『その日、ふたりでこの村を抜け出そう、この桜の木の下で、』
「私たちは、ゆみの18歳の誕生日の前日の夕方6時に、この桜の下で待ち合わせをして、二人でこの村を抜け出そうと約束したんだ」
二人は、「優しさ」の象徴である愛を、「伝統」という暴力的なルールから守るために、駆け落ちという最も面倒くさい手段を選んだ。約束を交わし、二人はそれぞれの家路についた。
そして、ゆみの誕生日の前日。二人の運命を決める日が来た。
「私は、約束の時間が迫る中、ゆみとの未来だけを考えていた。家を出ようとした、その時だ」
慌てた様子の母親に、義司は止められた。
『義司!!どこへ行くんだい!さっき、父さんが...!』
『え!?』
「父親が、突然倒れたと。私は、ゆみとの約束を忘れて、慌てて病院に走った」
『うむ...大変申し上げにくいのだが...もって半年かと...』
『そんな...父さん...!』
医師から告げられたのは、「父の余命は、あと半年」という、残酷な事実だった。
「私は、家に帰った。約束の時間はとうに過ぎ、時刻は夜の11時を回っていた」
その夕方6時。ゆみは、雪が降る前の冷たい空気の中、妖怪桜の下で、ただ一人、義司を待ち続けていた。
『義司さん...、ふふ...』
『ゆみ...』
『義司さん!』
『こんなところで何をしてる...』
『お、お父さん...!』
父親の介護に勤しむ義司のもとに、二ヶ月後、残酷な知らせが届く。
「ゆみが、村のルール通り、親が決めた男と結婚すると」
義司は、すべてを捨てて、ゆみの家へと走った。
「私が着いた時、ゆみは白い結婚服を纏い、お見合い相手の男と共に、家から出てきた」
義司は、駆け寄ろうとしたが、ゆみの父親に強く抑えつけられた。
「ゆみは、私を見た。その眼差しは……どうして来てくれなかったのか、と、すべてを責めるような、涙のこもる眼差しだった」
『ゆみさん...!!ゆみさん!!!離してください!!』
「ゆみは、何も言わなかった。ただ、私に涙を浮かべた眼差しを向けたまま、結婚相手と村を去って行ったんだ」
回想シーンは終わった。義司は、写真から顔を上げ、彼の幽霊の目には、悔恨の念が深く刻まれていた。
「私は、ゆみさんとの約束を破った。ゆみさんとの愛を捨てたその選択こそが、私の成仏を妨げているのだろう。」
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