第33話 成功の代償



​葉弍の「効率化」戦略のおかげで、リアムのストリートでのパフォーマンスは連日大成功を収めていた。彼のギターケースには、毎日のように大量の紙幣が積み重なっていく。


​私は、リアムを観察し続けた。彼の音楽は多くの人を穏やかにしているが、彼の顔から、以前の純粋な無関心は消え失せていた。彼は、演奏中も常に通行人の足を数え、「今日はどれだけ稼げるか」という計算をしていた。


彼の「優しさ」は、完全に「有償の成功」へと変質していた。


​「ちぇ。面倒くさい。優しさとは、金というノイズが入ると、すぐに壊れてしまう脆いものなのか」

​成功には、必ず面倒な代償が伴う。


​リアムが、その日の演奏を終え、新しい高性能のアンプや機材を片付けようとしていた、その時だ。


​地元のストリートを仕切っている、三人のチンピラグループが、リアムの前に立ちはだかった。彼らは粗暴なタメ口で、唾を飛ばしながら話しかけてきた。


​「おい、ミュー!最近、このエリアで稼いでるらしいな。このストリートは、俺らが仕切ってんだ。お前のその稼ぎの3割を、場所代として払ってもらうぜ」


​リアムは、恐怖で顔面蒼白になった。彼は暴力とは最も縁遠い人間だ。


​「そ、そんな……僕はただ、歌っているだけで……」


​チンピラたちは、リアムの足元のギターケースを蹴り倒し、中身の現金を路上にばら撒いた。


​「言い訳はいいんだよ!それと、そのアンプとマイク。派手で目障りだ。これも俺たちのものだ」


​チンピラの一人が、葉弍がリアムに買い与えたばかりの、高価なアンプを乱暴に掴んだ。


​その様子を見ていた葉弍が、緑と金のスカジャンをなびかせながら、チンピラたちの前に躍り出た。葉弍にとって、これは金銭的な損失に関わる問題だ。


​「おい、面倒くさいことをするなよ、チンピラ」


葉弍はタメ口で言った。


「そいつは俺の金だ。機材に手を出すなら、俺を相手にしろ」


​葉弍は、いつものように卑怯な小細工で解決しようとした。彼はポケットから、大量の偽物の紙幣を取り出し、チンピラたちの顔に投げつけた。


​「これでチャラにしてやる。この面倒くさい場所から、さっさと立ち去れ!」


​しかし、チンピラたちは、裏社会の小細工には慣れている。彼らは偽札を嘲笑し、葉弍の周りを取り囲んだ。


​「ハッ。くだらねぇ真似しやがって。そのスカジャンも、俺らが効率的に奪ってやるよ」


​そして、チンピラの一人が、リアムの高性能なマイクスタンドを掴み、地面に叩きつけて破壊し始めた。


​ガシャン!


​リアムは、成功の代償として、彼にとって最も大切なツールが壊されていくのを見て、顔を覆い、絶望と恐怖の表情を浮かべた。彼の目には、以前の穏やかさは微塵もなく、ただの被害者の顔があった。


​「ちぇ」


​私は、その様子を冷静に観察していた。葉弍の小細工(効率)は通用せず、リアムの優しさの標本は、目の前で暴力によって破壊されようとしている。

​私の優しさの探求は、ここで新たな疑問に直面した。


​「優しさとは、ただ観察するだけのものなのか?」


​「優しさとは、守るべきものなのか?」


​私は、タバコを地面に落とした。チンピラが葉弍に殴りかかろうとした瞬間、私は黒いスーツのまま、彼らの輪の中に飛び込んだ。


​「おい、面倒くさいことをするな」


​私の赤い目と、銀色の腹筋が、チンピラたちの前に現れた。


​「なんだ、このピエロは!」


チンピラの一人が、私に向かって拳を振り上げた。

​私は、一切の躊躇なく殴り倒した。優しさの探求とは無関係の、純粋な破壊だ。


​ドゴォン!


​私の拳は、そのチンピラの腹部に的確に食い込み、彼はそのまま壁に吹き飛んで意識を失った。


​残りのチンピラたちは、私の人間離れした一撃に凍り付いた。

​私は、彼らを一瞥した。


​「暴力は、私の最も得意とする、最も面倒くさくない解決策だ。アンタたちが、リアムの金や優しさを邪魔するなら、私はアンタたちの存在そのものを邪魔する」

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