第31話 面倒な誘い


​ボクシング大会の決勝で、葉弍がダーティな肘打ちを絡めたKOで勝利し、私たちは優勝賞金を獲得した。


​「おい、アホライダー!見たか、俺の効率的な勝利を!ダニエルみてぇに情に流されるより、こっちの方が金になるんだよ!」


葉弍は控え室でスカジャンを羽織りながら、興奮気味に言った。


​「ああ、見てた。卑怯な勝利だった」


私は答えた。


「だが、イギリスをすぐに離れるのは効率が悪い。私はダニエル親子から得たヒントを、ここで試さなければならない」


​「チッ。まだ優しさの探求かよ」


葉弍は言った。


「なら、次の金になる情報を仕入れるまで、しばらく付き合ってやる」


​私たちは、ロンドン市内の高級ホテルではなく、敢えて庶民的な地区のアパートの一室を借りて滞在を続けた。私は、街中の**「優しさの標本」**を探して歩き回った。


​次の日、賑やかなストリートで、私は足を止めた。


​そこにいたのは、若いストリートミュージシャンだった。彼はアコースティックギターを抱え、穏やかなメロディを奏でていた。彼の前には、小さなギターケースが開いているが、中にはコインが数枚しか入っていない。


​「フン。金を稼ぐという意味では、最も効率が悪い方法だな」


​彼の歌は特別上手いわけではない。しかし、彼の歌声とメロディには、聴く人の心を穏やかにする力があった。通り過ぎる人々は、彼の歌を聴いても足を止めないが、皆、どこか優しくなったような顔をしていた。


​私は、このミュージシャンに興味を持った。彼は金のためではなく、「誰かを穏やかにする」という、最も効率の悪い優しさを提供しているように見えたからだ。


​「これだ。私の次の優しさの標本は、『無償の音楽』だ」


​私がミュージシャンを観察していると、葉弍が私の隣に現れた。彼は私を街中で探していたようだ。


​「おい、アホライダー!こんなところで突っ立って、何してる!」


​「次の標本を見つけた。ストリートミュージシャンだ。彼は金にもならないのに、誰かを穏やかにしている。その理由を探る」


​葉弍はミュージシャンを見た。


​「ちぇ。金にならないことの探求かよ」


葉弍は呆れたように言った。


「だが、俺も暇だ。おい、アホライダー。あいつ、機材が古くて音が悪い。だから、誰も足を止めねぇんだ」


​「それがどうした。それが彼の優しさだ」


​「違うな」葉弍は私の効率主義を逆手にとった。


「金を稼ぐのが効率的であるように、優しさを探求するにも効率が必要だ。あいつの音が良くなれば、もっと多くの人間が立ち止まる。そうすれば、アンタはより多くの人間が優しくなる標本を、短時間で観察できるだろう」


​葉弍の提案は、優しさの探求を「金儲け」と同じく効率化するという、非常に面倒くさい発想だった。


​「…フン。面倒くさくないな、アンタは」


​私はそう答え、葉弍の提案に乗ることにした。私たちは、ミュージシャンに声をかけ、彼の「無償の優しさ」を、「葉弍の金と技術」でサポートするという、新たな面倒くさい共同作業を始めることになった。

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