第25話 Mr.ゼロ



​私は膝をついた状態から、すぐに立ち上がった。Mr.ゼロの拳は、私の顔面に激しい痛みと、そして純粋な驚きをもたらした。彼は、初撃で私を倒した初めての相手だ。


​「ちぇ。面倒くさい」


​私は赤い目でMr.ゼロを睨んだ。私は、冷静に回避の体勢に戻った。


​Mr.ゼロは、私に止めを刺そうとせず、その巨体を動かして私に圧力をかけてきた。


​私は彼の攻撃を回避することに集中した。彼の拳が風を切るたびに、私は紙一重で身をかわす。私の逆上がりで培った無駄のない動きだ。


​そして、Mr.ゼロの巨体がほんの一瞬、動きを止めた瞬間。


​私は、全霊を込めた右ストレートを、Mr.ゼロの顔面に叩き込んだ。初戦で相手を一撃で沈めた、私の半殺しの暴力だ。


​ドゴォオオオン!!


​巨体が揺れるほどの衝撃。しかし、Mr.ゼロはビクともしなかった。


​覆面の下の顔は見えないが、彼は両手を広げ、私のパンチを煽るようなジェスチャーをした。


​「どうした?もっと殴ってみろ。その程度か」


​挑発の意図が明確に伝わってきた。私は苛立ちを覚えたが、冷静さを失わない。


​私は、Mr.ゼロの腹部に狙いを定め、容赦のない連続パンチを打ち込んだ。

​ドス、ドス、ドス……


​私の銀色の腹筋が震えるほどの連打だが、Mr.ゼロはただ立っているだけだ。効いた様子は一切ない。


​Mr.ゼロは、ドスの効いた低い声で、初めて試合中に自分の秘密を明かした。


​「無駄だ、アホライダー。残念だが、俺は痛みを感じないよう改造されている。お前の暴力は、俺には効かない。」


​私は、驚愕した。痛みを感じない相手に、どう戦えというのか?暴力の前提を覆す、最も面倒くさい敵だ。


​私は攻撃の手を止め、どう戦うべきか、一瞬の思考に沈んだ。

​その時だ。


​リングサイドから、負傷したゼニクレマンが這うようにして現れた。彼の顔はひどく腫れているが、目は真剣だ。


​「おい!アホライダー!グズグズするな!」


ゼニクレマンは、苦痛に歪んだタメ口で叫んだ。


​「関節を狙え! 痛みじゃねぇ!構造を壊せ!」


​私は、その助言を聞き、ハッとした。痛みは、Mr.ゼロの制御下にない。だが、関節の構造は、彼の制御下にある。


​私は再びMr.ゼロに向かって突進した。Mr.ゼロは、私の一瞬の隙を突いて、再び私の顔面を狙って強烈なパンチを放った。


​ドスッ!


​私は、あえてその拳を顔面で受けた。しかし、私はその衝撃を前進する力に変え、Mr.ゼロの巨体へと密着した。


​彼の拳を顔面で押し切った私は、そのままMr.ゼロの背後に回り込んだ。

​そして、私の逆上がりで培った身体操作技術と、半殺しの暴力を組み合わせた。私の両腕は、彼の両足の関節を、テコの原理で絡め取った。


​メリッ、ボキィッ!


​鈍く、嫌な音が会場に響いた。


​私は、彼の両足の関節を、容赦なく外した。


​Mr.ゼロは、痛みを感じないはずなのに、その巨体がガクンと崩れ落ちた。

​「どうした、Mr.ゼロ!」私はタメ口で言った。


「立てよ!痛みは感じないんだろう!」


​Mr.ゼロは、覆面の下で呼吸を荒くした。彼は上半身を起こそうとするが、両足は言うことを聞かない。


​その時、ゼニクレマンが、最後の力を振り絞って立ち上がり、叫んだ。


​「どれだけ痛みを感じなくても、関節が壊れれば動けないんだよ! 痛みを感じないことが、お前の最大の弱点だ!」


​ゼニクレマンの言葉は、Mr.ゼロの**「改造」**という力の前提を完全に崩した。


​Mr.ゼロは、屈辱に打ち震えながらも、動けない両足を見つめた。


​レフェリーは、Mr.ゼロが戦闘不能であると判断し、TKOを宣言した。


​勝者、アホライダー!


​私は、VFTトーナメントの優勝者となった。


​私は、ゼニクレマンの元へ歩み寄った。彼は、緑色のスカジャンを血で汚しながらも、満面の笑みを浮かべていた。


​「ちぇ。面倒くさいことをしやがって」


​「ハッ、ダチのためだ。金は稼いでも、ダチはハメねぇ。それが俺の面倒くさくないルールだ」ゼニクレマンは言った。


​私は、Mr.ゼロとの戦いを通じて、「優しさ」の定義の一端に触れた気がした。それは、「痛みを理解する」ことでも、「力を自制する」ことでもない。


​「面倒くさい誰かのために、効率を無視して行動すること」。


​私は、優勝賞金を手に入れ、ゼニクレマンと共に、次の面倒くさい旅へと向かうのだった。

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