第19話 ゼニクレマン



​Aブロックの控え室。私は、初戦で"ブルート" ジョーを半殺しにしてKOで倒した後、次の試合を待っていた。


​「ちぇ。面倒くさい」


​私がタバコを切らして舌打ちをした時、全身緑色のタイツ男、ゼニクレマンが、私の元へ歩み寄ってきた。彼は私と同じく低い声でタメ口だ。


​「おい、アンタ。イライラすんなよ。イライラは、金を遠ざけるノイズだ」


ゼニクレマンは、渋い声で言った。


「アンタのタバコの面倒くらい、見てやるぞ。」


​私はタバコを一本受け取り、火をつけた。


​「フン。面倒くさくないな、アンタは」


​「ああ、俺は効率的なんだ。金のためにな」


ゼニクレマンは、私の哲学を最も露骨な形で肯定した。


「アンタのファイトネームは、アホライダーだったな。俺はゼニクレマン。金が全てだ。優しさとか、義理とか、そんな面倒なものは、すべて金で解決できる」


​私は、この全身タイツの男に、ほんの少しのどうでもいい親近感を覚えた。


​「お前の試合は次だろ?頑張れよ。私は、お前が勝つ方が、次の試合の相手として面倒くさくなくていい」


​「わかってる」


ゼニクレマンはそう言い残し、クールに控室を出ていった。


​そして、ゼニクレマンの試合が始まった。相手は関節職人ザ・スコーピオンだ。


​ゴングの直前、ゼニクレマンは口に大量の醤油を含んだ。


​カン!


​試合開始の瞬間、ゼニクレマンは相手の目に向かって醤油を全力で吹きかけた。ザ・スコーピオンは悶絶し、視界を奪われた。


​「ちぇ。汚ねぇな」


​ゼニクレマンは目が見えない相手を後ろから羽交い締めにして、カンチョーのような卑劣な攻撃を連発し始めた。


​会場は騒然となるが、ゼニクレマンはカンチョーに夢中だ。その隙を突いたのが、関節職人ザ・スコーピオン。


彼は目が見えないまま、ゼニクレマンの腕を絡め取り、地面に倒れ込んだ。


​一瞬の出来事だった。


​ザ・スコーピオンは、視界がゼロのまま、ゼニクレマンの肩関節を逆方向に極めた。


​「グアァアアア!!」


​ゼニクレマンは悲鳴を上げ、リングを叩いてギブアップした。


​試合はザ・スコーピオンの勝利で幕を閉じた。


​試合後、負けて担架で運ばれてきたゼニクレマンが、私のそばを通る時に、突然担架から身を起こした。


​「おい!アホライダー!」


​私は赤い目で彼を見た。


​「ちぇ。面倒くさい。ギブアップしたのに、まだ喋る気か」


​「聞いてくれよ!」


ゼニクレマンは、さっきのクールな雰囲気とは一変し、完全にふざけた口調で言った。


「目潰しが効かないなんてアイツバケモンだぜ!?なんであんなに頑張ったのに負けるんだよ! 」


​彼は全身タイツのまま、子供のように地団駄を踏み始めた。


​私は呆れた。


​「……は?お前、そんなキャラだったのか。さっきのクールな態度はなんだったんだ」


​「ああ、あれ?あれはただのフリだ」


ゼニクレマンは、おどけたように言った。


「俺はただのおふざけ大好き人間で、金のためなら何でもする。勝つために真面目に頑張るなんて、面倒くさいこと、やってられるか!」


​彼はそう言い残すと、担架に戻り、「あーあ、賞金が遠のいたよぉ!」と叫びながら運ばれていった。


​私は、タバコを咥え直し、煙を吐き出した。


​「ちぇ。面倒くさい。私の優しさの探求に、また一つ**「偽りの親近感」**というノイズが加わったな」


​私はタメ口でそう結論づけた。私の二回戦の相手は、ザ・スコーピオン。彼は、ゼニクレマンのようなおふざけは通用しない、本物の面倒くさいグラップラーだ。

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