第16話 いちもんなし


​カジノでの「泥棒騒ぎ」から逃げた私は、ラスベガスの大通りを歩いていた。周囲はネオンが煌めき、欲望と金銭にまみれている。


​「ラスベガスの優しさってのは、本当に面倒くさい誤解しか生まないな」


​私はそう呟きながら、黒いスーツの胸ポケットに手を入れた。カジノから逃げる際、身分証とわずかな現金をまとめていたポケットだ。


​「ちぇ。面倒だ」


​私は舌打ちをした。ポケットの中は空っぽ。


​どうやら、カジノでの混乱の最中に、私はスリに遭っていたらしい。日本円とドル、すべての資金が一文無しになった。


​「ああ、最悪だ。優しさの定義を探す旅なのに、金がなくなるとは。無職なのに」


​私はタメ口で、心底どうでもいいという表情をマスクの下で浮かべた。飯は食わなくても平気だが、移動や宿泊には金が必要不可欠だ。


​そんな時、私は寂れた建物の壁に貼られたポスターに目をやった。


​ポスターには、血と汗の飛び散る激しい格闘技のイラストと、巨大な文字で「ヴァルハラ・ファイト・トーナメント(VFT)」と書かれている。


​そして、その下には目を引く文字。


​「優勝賞金:$500,000(約7500万円)」


​銀色の顔はニッコリと笑ったままだが、頭の中では冷徹な計算が始まっていた。


​「力か。私の特技は逆上がりと、誰も傷つけないチャカの技術だ。そして、踏み潰されたチョコで目覚めた半殺しの暴力も使える」


​分析した。


​「優しさの定義を探すのは、金ができてからでいい。この面倒な状況を解決するには、私の持っている最も非効率な資源、つまり『力』を、最も効率的な『金』に変換するのが一番面倒くさくない」


​優しさの探求とは全く無関係の、純粋な賞金目当てという、最も明確な「取引」のために、私はトーナメントへの参加を決めた。


​「賞金稼ぎか。まあ、優しさの探求よりは、よほど面倒くさくない」


​私はポスターに記載されていたトーナメントの会場へと足を向けた。


この力で得た金が、優しさの定義に辿り着くための、次の標本となるのか、どうでもいい。

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