第15話 勘違い



​カジノの床に転がった、年老いた女性の最後のコイン。ルーレットで全てを失った彼女は、茫然自失の状態だった。


​「面倒くさい」


​私は赤い目でそのコインを見つめた。以前の私なら、無視しただろう。しかし、踏み潰されたチョコのどうでもよくない記憶が、私にブレーキをかける。


​優しさとは、こういう非効率でどうでもいい小さな行動から始まるのだろうか?


​私は、面倒くさいながらも屈み込み、そのコインを拾った。


​そして、そのコインを、泣き崩れている女性に差し出した。


​「おい、お前。これ、アンタの最後のコインだろ。拾ってやったぞ」


私は一切の感情を込めずに言った。


​しかし、その瞬間、女性の隣にいた、身なりのいい大柄な男が、私を鋭く睨みつけた。


​「おい、テメェ!」


男は怒鳴った。


「何してやがる!その女の金を盗もうとしたのか!」


​私は呆れた。


​「は?盗む?面倒くさい。私は泥棒なんかじゃないぞ。落ちてたから、拾ってやっただけだ」


心底どうでもいいという表情をマスクの下で浮かべた。


​「嘘をつけ!その格好、怪しすぎるだろ!金に困ってる無職の泥棒が、最後に残ったコインまで奪おうとするたぁ、タチが悪すぎんだよ!」


​男はそう言って、私の黒いスーツの襟首を掴みかかってきた。銀色の大胸筋が彼の手に触れる。


​「やめろ。触るな。面倒くさい」


​私は無関心ながらも、反射的に彼の腕を振り払った。私の無機質な力が、男を2メートルほど突き飛ばした。


​カジノの喧騒が、一瞬、静寂に包まれた。周囲の客が、銀色のマスクの男と、突き飛ばされた男に注目する。


​「な、なんだ、コイツは!セキュリティー!セキュリティーを呼べ!」


突き飛ばされた男は叫んだ。


​女性は、私がコインを拾ってくれたことすら理解できず、パニック状態に陥っていた。


​私は溜息をついた。


​「ちぇ。優しさの実験なんてするんじゃなかった。結局、優しさっていうのは、他人に不審者と誤解され、面倒事を引き起こす、最も非効率な行為なのか」


​私はそうタメ口で呟くと、その場から逃げることにした。セキュリティーが来る前に、この面倒を終わらせなければならない。


​私はカジノの巨大なフロアを、誰も傷つけずに、逆上がりで鍛えた驚異的な機動力で走り抜けた。監視カメラやセキュリティーの目をかわしながら、私はラスベガスの大通りへと飛び出した。


​「ラスベガスでの優しさは、取引でも義務でもなく、誤解と面倒だった。優しさの定義は、また遠ざかったな」


​私はそう結論づけ、次の安息の地、または次の面倒な場所を探して、ネオン街を歩き始めた。

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