第12話 おばあさんのチョコ


​九十九組の「特別顧問」となったアホライダーの元へ、早速、面倒な依頼が舞い込んだ。


​九十九組の構成員が、小さなトラブルから、地元の暴力団**「青島組(あおしまぐみ)」**の組員に囲まれ、暴行を受けそうになっているという。


​「アホライダー。仲間の窮地を救うのは組の義理だ」


クロサワは真剣な表情で言った。


「だが、血を流すことは望まない。アンタの平和的な抑止力が必要だ」


​「義理、義理って面倒くさいな。俺は仲間じゃないぞ」


アホライダーは相変わらずタメ口で吐き捨てた。


「まあいい。後始末が面倒くさいから、サッと終わらせる」


​彼は錆びた自転車にチャカを携え、現場の古いゲームセンター裏の駐車場へ向かった。


​現場には、九十九組の構成員を待ち伏せしていた青島組の組員、十数人が待ち構えていた。全員がドスや金属バットを手にしている。


​アホライダーは、十数人という数を見て、マスクの下でわずかに眉をひそめた。


​「おい、お前ら。数が多いな。面倒くさい」


​リーダー格は嘲笑した。


「九十九組の鉄砲玉か!いくらチャカの腕があっても、多勢に無勢だ!大人しく死ね!」


​アホライダーはチャカを抜いた。彼の得意なのは、正確な一発で武器を無力化する技術だ。


しかし、この数と、間合いの近さ、そして一斉に振るわれるドスやバットを前に、彼の技術は限界を迎えた。


​ジュドン!


​彼はバットを一本砕いたが、次の瞬間には複数のドスが彼目掛けて突き出されていた。


​「チィ!」


​逆上がりの機動力を使い、攻撃を避けようとしたが、四方八方からの波状攻撃は、彼の非殺傷の技術を上回る。


​ガツン!


​彼は背中に金属バットを受け、黒いスーツが鈍い音を立てた。そして、ドスが彼の腕や脇腹を浅く切り裂いた。


​彼はチャカを撃ち続けることができず、集団の波に飲み込まれた。タメ口で冷静だった彼の声は途切れ、肉体的にも精神的にも追い詰められていく。


彼は地面に倒れ伏し、十数人の組員から一方的な集団リンチを受けることになった。


​「優しさ……とか、優劣……とか、もうどうでもいい……」


薄れゆく意識の中で、彼はそう呟いた。


​その激しい暴行の中、彼のポケットから、おばあさんからもらった「優しさの標本」である、小さな茶色いチョコがポロリとこぼれ落ちた。


​青島組のリーダーが、地面に転がる銀色スーツの男と、その横のチョコに気づいた。


​「なんだ、これ? チョコ? ヒーロー気取りがこんなもん持ってるのか?笑えるぜ!」


​リーダーは嘲笑いながら、無造作にそのチョコを踏み潰した。


​ベチャッ。


​薄れた意識の中で、アホライダーはそれを見た。


​それは、彼が「優しさとは何か」を探る旅の、唯一の証として持ち歩いてきたものだった。


​どうでもいい。 おばあさんも、優しさも、このチョコも、すべてが彼にとってどうでもいいもののはずだった。


​だが、彼の内で何かが弾けた。


​「ババア...から...もらった...チョコ...」


​彼の無気力な感情を遥かに超えた、正体不明の激しい怒りが全身を突き上げた。


​アホライダーは、まるで死んだように動かなかった体勢から、地獄から蘇ったかのようにゆっくりと起きあがった。


​彼はチャカを使わなかった。


​彼の特技は逆上がり。そして彼の体は、常に暴力を回避してきた。しかし、今、その哲学は崩壊した。


​銀色の大胸筋が軋む。彼は、ナイフとフォークの作法を理解できなかった不器用さとは無縁の、純粋な破壊力を解き放った。


​ドゴッ!


​アホライダーは、最も近くにいた男の腹に、面倒くさいという概念を全て込めた膝蹴りを叩き込んだ。


男は悲鳴を上げることもなく、前のめりに倒れ込んだ


​彼は、逆上がりの全身を使う機動力を、破壊的なリンチに転用した。一人、また一人と、青島組の構成員が、誰も傷つけない回避の達人だったはずの男によって、半殺しにされていく。


​十数人の組員は、ニッコリと笑ったマスクの下にある、未知の暴力の爆発にただ怯え、そして倒れ伏した。


​アホライダーは、再び地面に倒れ込んだ。全身の血が騒いでいる。


​優しさとは何か?


​彼は、優しさの標本を壊された瞬間、自分の感情が「どうとでもならない」ことを知ったのだった。

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