第11話 平和利用



​赤鮫組との交渉を「平和的」に決裂させた後、アホライダーは再び九十九組の屋敷に戻った。クロサワは彼を静かな一室に呼び出し、酒を出すことなく、二人きりで向かい合った。


​「アホライダー。お前の行動は、我々の想像を遥かに超えていた」クロサワは感嘆の目で言った。「殺さず、傷つけず、武器だけを無力化する。それは、我々が重んじる任侠道、つまり『義理を果たすが、無駄な血は流さない』という、究極の理想だ」


​アホライダーはタバコを咥え、マスクの口元から煙を吐き出した。


​「究極の理想?違うな。あれは究極の面倒くさがりだ。人を殺したら、警察が来る。警察が来たら、逃げるのが面倒くさい。だから、誰も傷つけないのが、俺にとって一番楽なんだ」


​「だが、その『楽』が、我々の『義理』に完璧に合致している」クロサワは冷静に分析した。「組長は、無駄な争いを好まない。お前の技術は、組長が理想とする『平和的な強さ』そのものだ」


​クロサワは、アホライダーを睨みつけるように言った。


​「組長は、アンタに興味を持った。そして、我々は、アンタの能力を、仁侠のための平和的な抑止力として利用させてもらう」


​「平和的な抑止力?つまり、面倒な暴力沙汰の代理解決役ってことだろ」


アホライダーは断言した。


​「そうだ。だが、これはアンタの望む優しさの探求にも繋がる。裏社会の優しさ、つまり義理は、仲間を護り、無駄な争いを避けることだ。お前はそれを、最も効率的で面倒くさくない方法で実行できる」


​クロサワの提案は、アホライダーにとって非常に皮肉なものだった。彼の「面倒くさくない解決」という哲学が、ヤクザの「任侠道」という名の、最も面倒くさい長期的な義理に組み込まれようとしていたのだ。


​「俺は、誰の指図も受けないのが条件だ」


アホライダーは釘を刺した。


​「もちろんだ。アンタは、九十九組の『特別な顧問』だ。だが、その代償として、今後、組が関わるすべての面倒な抗争に、その平和的な抑止力を使ってもらう」


​「フン。わかった。優しさの定義が、『誰も傷つけずに、他人の面倒な争いを解決する』ことなのかどうか、この目で見てやる」


​アホライダーは、組の組員でもないのに、九十九組の抗争に巻き込まれることになった。彼の優しさ探求の旅は、「裏社会における平和維持」という、さらに面倒で矛盾に満ちた局面に突入したのだった。

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