第10話 非殺傷
チャカの練習を終えた翌日、アホライダーはクロサワに呼び出された。
「アホライダー。お前の射撃の腕は組の武闘派すら上回る。信じられん適応力だ」
クロサワは賞賛を惜しまなかった。
「早速だが、抗争の調整に使わせてもらう。組のシマを荒らしている『赤鮫組(あかざめぐみ)』の連中と、今日、話し合いの場を持つことになった」
「話し合い? 面倒くさいな。チャカで解決した方が早いだろ」
アホライダーはタメ口で言った。
「それが優しさという名の義理だ。組の抗争は、不必要な血を流さないことが、お互いにとって最も面倒が少ない。だが、護衛が必要だ。お前の存在は、相手への強烈な牽制になる」
アホライダーは渋々応じた。彼は、自分の「誰も傷つけない」というルールと、「チャカで全部解決すれば一番楽」という新しい考え方が矛盾していることに、薄々気づいていた。
交渉の場は、寂れた工場の倉庫で行われた。九十九組のクロサワと数人の組員、そしてアホライダー。対する赤鮫組は、リーダー格の男と強面の組員数人。
アホライダーはクロサワの後ろに立った。銀色のマスクのニッコリ笑顔、そして腰に差したチャカが、異常な威圧感を放っている。
赤鮫組のリーダーは、アホライダーの姿を一瞥すると、顔色を変えた。
「おい、クロサワ!そのふざけた格好のやつは何だ!うちとの話し合いに、テメェは鉄砲玉を連れてきたのか!」
「誤解するな。彼はただの護衛だ。アホライダーと呼んでくれ」クロサワは冷静に言った。「話を進めよう。シマの件だが――」
しかし、赤鮫組のリーダーはクロサワの話を聞く気はなかった。アホライダーのチャカの実力が、裏社会で既に噂になり始めていたのだ。
「フン。話は決まってる。組をなめるな!報復には血を払ってもらう!」
リーダーはそう叫ぶと、合図を送った。赤鮫組の組員の一人が、懐からドス(短刀)を抜き、クロサワ目掛けて飛びかかった。
「ちぇ、結局暴力か。一番面倒くさい」
アホライダーはタメ口で舌打ちした。
彼は瞬時に動いた。誰もが、彼がチャカを抜いて相手を撃ち殺すか、あるいは武闘派のように殴り倒すと思った。
しかし、アホライダーが選んだのは、最も高度で、最も面倒くさい解決策だった。
彼は腰のチャカを抜き、照準を定めた。
パン!
銃声が倉庫に響き渡った。
だが、赤鮫組の組員は倒れない。倒れたのは、組員が持っていたドスだ。正確には、ドスの柄の先端に、アホライダーの弾丸が命中していたのだ。
ドスを弾き飛ばされた組員は、手が痺れて動けない。
赤鮫組のリーダーは恐怖で顔面蒼白になった。
「ば、馬鹿な……。武器だけを……」
アホライダーはタバコを咥え、マスクの隙間から煙を吐き出した。
「おい、お前ら。俺のルールだ。誰も傷つけない。優しさとかじゃなくて、人を殺すと後始末が面倒くさいからだ」
彼はタメ口で説明した。
「チャカで解決するのは楽だが、『誰も傷つけずに、面倒くさい暴力を止める』のが、一番面倒くさくて、今の俺の目的に合っている。これ以上、俺に面倒を増やすな」
アホライダーの行動は、暴力を振るう組員にとっては、殺されるよりも恐ろしい、異常な実力として映った。
クロサワは、アホライダーの「誰も傷つけない」という行動が、組の義理と任侠よりも遥かに強力な抑止力となることを理解した。
交渉は決裂したが、赤鮫組は完全に戦意を喪失して撤退した。アホライダーは、優しさとは無関係な理由で、皮肉にも命を救うという、最も面倒くさい行為を成し遂げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます