第7話 九十九組


​港町を後にしたアホライダーは、錆びた自転車を漕ぎながら次の街へ向かっていた。頭の中は、相変わらず「優しさ」と「面倒くさい対価」のことでいっぱいだ。


​「面倒くさい。ヤクザとか、優しさ探しに関係ねえだろ。早く終わらせたい」


彼は呟いた。


​その頃、彼が手を出した偽善詐欺師をシマに持つ九十九組(つくもぐみ)では、組長と若頭が知らないところで、事態が動いていた。


​ヤクザのリーダーは、上層部に「アホライダーという派手な格好の輩が、組の構成員を襲い、シノギを潰した」とだけ報告した。


組長と若頭は仁侠者であるため、組のメンツと構成員の安全を最優先し、


「組に手を出した者には報復せよ」


と指示を出した。彼らは詐欺の事実は知らない。


​ヤクザの報復が、「組の仲間を守る」という、彼らなりの優しさ(任侠道)として動いていることに、アホライダーは気づかない。


​夜になり、アホライダーは廃墟となったパチンコ店の駐車場で休憩していた。タバコを咥え、マスクの口元から煙を吐き出す。


​その時、数台の黒いワゴン車が猛スピードで駐車場に入ってきた。


​「アホライダー!九十九組の制裁だ!」


​車から降りてきたのは、先日のリーダーを含む、十数人の九十九組の下っ端たちだ。全員が金属バットや木刀を持っている。


​「おいおい、またアンタらか。優しさ探すのに忙しいんだ。邪魔するな」アホライダーはタメ口で、心底うんざりした様子だった。


​リーダーは吠えた。


「組長命令だ!組のメンツを潰した報いを受けろ!」


​一斉に下っ端たちがアホライダー目掛けて襲いかかってきた。


​「面倒くさい」


​アホライダーはそう呟くと、すぐには逃げなかった。彼は相手の動きを冷静に分析した。


​「アンタらの攻撃は、みんなパターンが同じだな。フォークとナイフの作法と一緒で、型がありすぎる」


​彼はタメ口で余裕を見せながら、襲ってくるヤクザたちに対して、特技の逆上がりを応用した、驚くべき回避行動を取り始めた。


​一人のヤクザが金属バットを振り下ろす瞬間、アホライダーは真横にいる壁に向かって跳躍。


バットが地面を叩く直前、彼は壁を蹴って体を垂直に反転させ、逆上がりで体を持ち上げる要領で頭上を通過した。スーツの銀色の腹筋が、照明に照らされてギラリと光る。


​「なんだ、あいつ!」


​別のヤクザが木刀を突き出す。


アホライダーは、その木刀の柄の部分に手をかけ、そのまま鉄棒で回転する要領で一回転し、その遠心力を使って、彼を襲っていたヤクザたちをまとめて吹き飛ばした。


誰も傷つけないが、攻撃の勢いを完全に奪う。

​彼はあくまで、回避と無力化に徹した。


​「優しさとは、暴力を振るうことじゃない。だが、暴力によって引き起こされる『面倒くさい結果』を回避するのは、優しさよりも優先される、生存のための哲学だ」


​彼はタメ口でそう宣言した。


​九十九組の下っ端たちは、自分たちの攻撃が全く通じず、スーツ姿の男の人間離れした動きに完全に戦意を喪失していた。


​リーダーは歯を食いしばりながら叫んだ。


​「てめえ、本当に何者なんだ!化け物か!」


​「無職のアホライダーだよ。そして、優しさとは何かを探している、一番面倒くさがりな男だ」


​アホライダーは、ヤクザたちの喧嘩の場を後にし、錆びた自転車に跨った。


​「優しさが、暴力を振るわないことだとしたら、それはまだわからなくもない。だが、面倒くさくて暴力を振るわないのと、優しくて暴力を振るわないのは、何が違うんだ?」


​彼は、答えの出ない問いを抱えたまま、裏社会の闇に自転車を漕ぎ出すのだった。

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