第5話 偽善
アホライダーは、錆びた自転車に跨り、海沿いの小さな町へと向かっていた。頭の中には、ウェイターの無言の助言が残っている。
(配慮。面倒くさいコンプレックスを否定しない行為。これが優しさか? でも、もし配慮じゃなくて、単なる義務教育の結果だとしたら、また面倒なことになる)
彼は相変わらずタメ口で思考を巡らせる。
彼は町外れの小さな公園にたどり着いた。そこで、一人の男が群衆に囲まれていた。男は清潔感のあるスーツを着ており、大きな募金箱を抱えている。
「皆様!困っている子供たちのために、どうかお力を!優しさとは、与えることです!」
男は情熱的に「優しさ」を説いていた。
アホライダーは興味を持った。これは、彼の探している優しさの「取引」や「義務」とは違う、「純粋な善意」のように見える。
「おい、お前。何やってんだ?」
アホライダーはタメ口でスーツの男に話しかけた。
募金活動をしていた男は、ニッコリ笑顔の銀色マッチョスーツの出現に一瞬ひるんだが、すぐに笑顔を取り戻した。
「ああ、あなたはヒーローの方ですか!素晴らしい!我々も優しさを広げているのですよ!」
「優しさ? 俺には単なる集金に見えるな」
「ご冗談を!これは純粋な善意ですよ。与えることで、みんなが幸せになるんです!」
アホライダーは、面倒くさいながらも、その男の周りで様子を観察することにした。タバコを一本咥え、マスクの隙間から煙を吐き出す。
しばらく見ていると、募金箱が一杯になったころ、スーツの男は
「これで今日の活動は終了!」
と声をかけ、集まった人々に深く感謝して去っていった。
アホライダーは、その男のことがなぜか「どうとでもならない」ほど気に食わなかった。
面倒くさがりな彼は、普段、他人の行為にそこまで関心を持たないのに。
彼は錆びた自転車を漕いで、男の後を追った。男が辿り着いたのは、寂れた飲み屋街の裏路地だ。
スーツの男は、裏路地に入るとすぐに表情を一変させた。
「はっ、馬鹿どもめ。優しさ? 結局、優しさってのは、善人ぶるための見栄と、金を巻き上げるための口実にすぎないんだよ」
男はそう吐き捨てると、募金箱の鍵を開け、中の札束を自分のバッグに移し始めた。
アホライダーは静かに自転車から降りた。ニッコリとしたマスクは、今、純粋な嫌悪感を滲ませているように見えた。
「おい、」アホライダーはタメ口で、低い声を出した。
スーツの男は飛び上がって振り返った。目の前には、銀色のマッチョスーツ。
「 な、なぜここに!」
「なんでって、面倒くさいからだ」
アホライダーはタメ口で言った。
「アンタのやってることは、優しさというゴミを、最も面倒くさい嘘に変えている。俺は優しさが何かわからねえけど、優しさを騙って面倒事を増やしてるアンタは、最も不快だ」
アホライダーは怒っていた。それは優しさが裏切られた怒りではなく、彼の哲学である「どうとでもなる」世界に、わざわざ「どうにもならない不快な嘘」を持ち込んだことへの、純粋な苛立ちだった。
アホライダーは地面に落ちていた金属のポールを片手で持ち上げ、一瞬でスーツの男の頭上を覆うパイプに引っ掛けた。
それは、男を傷つけず、ただ逃げ道を塞ぐための、高度な実用性を持った行動だった。
「優しさとか知らねえ。だが、これ以上、俺の優しさ探しを邪魔すんな。アンタのやったことは、最も醜悪で、最も面倒くさい偽善だ」
スーツの男は、パイプに阻まれて逃げられず、その場で警察に突き出されることになった。
アホライダーは面倒くさそうに溜息をつきながら、再びタバコを咥えた。
「優しさの定義? わからねえ。だが、優しさの対極にある、一番面倒くさいものが何なのかは、少しわかった気がする」
優しさの探求は続く。今度は、「偽善」という新たな否定形のデータを得て。
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