第4話 銀のナイフと無言の優しさ



​長期取引のオファーにうんざりしたアホライダーは、できるだけ静かな場所を選んで旅を続けた。


彼のポケットには、おばあさんからもらった食えないチョコと、タバコの箱が入っている。


アホライダーは疲労を感じないが、気分転換は必要だった。


彼は錆びた自転車を止め、人通りの少ない路地に入った。ニッコリとしたマスクの口の隙間からタバコを一本差し込み、火をつける。


銀色のマッチョスーツが煙を吐く姿は、まるで現代アートのオブジェのようだ。


​「取引か。優しさってのは、他人への借金を強制的に背負わせる行為なのか?」


​アホライダーはクラシック音楽が漏れる格式高いフランス料理店に興味を引かれた。


彼は食事が不要だが、優しさの対極にある**「作法」**を知るために、店に入った。


​支配人の制止を無視し、彼はテーブルについた。


​「おい、お前。この店で一番、ナイフとフォークを使うのが面倒くさい料理を出してくれ」


アホライダーはタメ口で要求した。


​運ばれてきたのは、芸術的なほど複雑な、見たこともない盛り付けの肉料理。もちろん、アホライダーはそれを食べるつもりはない。

ただ、ナイフとフォークの正しい使い方を試すことが目的だ。


​彼は緊張した。ナイフとフォーク。これが、この銀色スーツの男に唯一残された、人間的な弱点だった。


​彼は恐る恐る、肉を切り分ける演技を始めた。しかし、慣れない手つきはすぐに破綻する。肉を押さえつけるフォークが滑り、皿の上でカチャカチャと大きな音を立ててしまった。


​周囲の客から、あからさまな嘲笑が漏れた。


​「アホか」


「あの格好でマナーも知らないのか」


​アホライダーは全身を晒されたような屈辱を感じた。銀の筋肉の下で顔が熱くなる。彼は初めて、「どうとでもならない劣等感」に苛まれた。


​彼はこの場から立ち去ろうとした。その時、給仕をしていた若いウェイターが彼のそばに来た。


​ウェイターは、何も言わなかった。


​彼はアホライダーのテーブルから、肉料理が乗った皿を無言で引き取ろうとした。しかし、その瞬間、ウェイターは周囲の客に背を向け、アホライダーだけに聞こえるように、非常に小さい声でタメ口で囁いた。


​「おい、見たところ食う気ねえだろ。だが、もし切るだけなら、ナイフを少し斜めに立てて、力を入れず、フォークで軽く固定すれば滑らねえよ。誰も見てないところで練習しとけ」


​彼はそれだけを言い、アホライダーの皿を下げて無言で去っていった。ウェイターのマスクは、何の感情も表していなかった。


​それは、見返りも求めず、義務でも取引でもなく、そして周囲の嘲笑からアホライダーを守るための、極めて個人的で、秘密めいた、実用的なアドバイスだった。


​アホライダーは、ウェイターが下げた皿の代わりに置かれた、水の入ったグラスをぼんやりと見つめた。


​(優しさってのは、誰にも知られずに、面倒くさい俺のコンプレックスを否定しないための、無言の配慮なのか?)


​初めて、優しさというものが、「どうとでもなる」とは正反対の、「誰かの不器用さを救うための、特別な配慮」かもしれないと感じたアホライダーだった。

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