第3話 優しさは 取引なのか
アホライダーは錆びついた自転車に跨り、のんびりと田舎道を走っていた。
銀色の筋肉アーマーとニッコリ笑顔のマスクが、緑の田園風景に異様なコントラストを生んでいる。
「アホライダーか。悪くないな」
彼はタメ口で独り言を呟いた。自転車に乗って移動するのは、歩くより遥かに面倒くさくなくて済む。
これが自転車屋のおっさんの優しさなのか、それとも、ただの「面倒くさがりへの対価」なのか、まだ答えは出ない。
昼過ぎ、彼は小さなローカル線の駅の待合室で休憩していた。食事が不要になったとはいえ、座る方が楽だ。
そこで彼は、スーツケースを抱えて途方に暮れている若い女性を見かけた。女性はスマートフォンを握りしめ、イライラした様子で壁を睨んでいる。
「おいお前。どうした?」
アホライダーは声をかけた。
女性は派手なスーツ姿の男にギョッとしたが、それどころではない、という顔だった。
「見てわからない? 電車が運休よ!しかも代行バスは全然来ないし、次の電車は3時間後!このままじゃ、今日中に東京のオーディションに間に合わない!」
女性はヒステリックに訴えた。彼女にとってこれは「どうとでもならない」状況なのだろう。
「オーディション? 知らねえな」
アホライダーはマスクの下で肩をすくめた。
「だが、お前は今困っている。困っているやつを助けるのは、優しさの標本集めに役立つかもしれない」
アホライダーは面倒くさいながらも、手助けすることにした。彼は自分が持っている唯一の「実用的な道具」を指差した。
「東京か。遠いな。だが、これなら少しは早く行けるぞ。乗れ」
彼が指差したのは、錆びた古いロードバイクだ。
女性は絶句した。
「これに二人乗り? あなた、頭大丈夫? しかもこのスーツで!?」
「私の頭がどうかは関係ない。俺は無職だ。時間だけはある。それに俺は食わなくても死なないから、休憩なしで漕ぎ続けられる」
女性は時間がないことに焦り、結局渋々アホライダーの提案を受け入れた。
アホライダーは、全身の銀色筋肉スーツを軋ませながら、黙々と錆びた自転車を漕いだ。
数時間後、二人はようやく主要な駅にたどり着き、女性は特急列車に飛び乗ることができた。
「本当にありがとう!あなたのおかげで間に合ったわ!
」女性は駆け込みながら感謝を伝えた。
「この恩は必ず返す!」
「恩? 別にいらねえ」
アホライダーはタメ口で淡白に答えた。
「優しさを見つけるためのデータ収集だ」
彼は駅前で煙草でも吸おうかと考えながら、自転車を降りた。
その数時間後、女性からアホライダーのスマホにメッセージが届いた。
「ありがとうアホライダー!オーディション合格したわ!お礼に、あなたがこれから一生、私の移動手段を提供してくれるという契約を結んでくれないかしら?もちろん報酬は出すわよ!」
アホライダーは目を丸くした。ニッコリ笑顔のマスクの下、眉をひそめたのがわかる。
「報酬だと?」
優しさの行使が、「一生にわたる移動手段の提供」という、途方もなく面倒くさい長期契約を要求する結果になったのだ。
「優しさとは、自己犠牲を強いる長期取引のことか? 俺は無職なのに」
彼は再び混乱した。優しさは、その場限りの親切ではない。その後の人生全体に及ぶ、途方もない見返りの要求――つまり、取引なのかもしれない。そして、その見返りは、彼が望まない「面倒くささ」だった。
アホライダーは、またも優しさの真実にたどり着けず、錆びた自転車に跨り、次の街へと向かうのだった。
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