第30話 いらっしゃいませ。どんな壊れたものでも、新品以上に直しますよ
季節は巡り、グリーンホロウに再び春が訪れていた。
かつては「最果ての限界集落」と呼ばれ、地図にさえ載っていなかったこの場所は、今や世界中が注目する巨大都市へと変貌を遂げていた。
「本日の定期便、まもなく到着いたします! ご通行中の方は白線の内側までお下がりください!」
駅員の声が響く。
村の入り口――かつて木の柵があった場所には、巨大なステーションが建設され、そこへ王都とグリーンホロウを結ぶ『魔導列車』が滑り込んでくる。
俺、ルーク・ヴァルドマンが、古代遺跡の残骸とトラクターのエンジン技術を応用して開発した、最新鋭の交通機関だ。
蒸気機関車のような見た目だが、煙突から出るのはクリーンな水蒸気だけ。動力は空気中のマナと、俺が調整した高効率魔石だ。
プシューッ、という音と共に扉が開き、大量の観光客や商人が降りてくる。
彼らの目は一様に輝き、目の前に広がる光景に圧倒されていた。
「ここが……『技術都市グリーンホロウ』か!」
「すげぇ! 建物がみんなピカピカだ! 道路にゴミ一つ落ちてねぇ!」
「あれ見て! 空をゴーレムが飛んでる!」
街の上空には、荷物を抱えた飛行型ゴーレム(ガーゴイルの素材をリサイクルして作った運搬用ドローン)が行き交っている。
通りには『炎熱石』を利用した床暖房システムが完備され、雪解けの季節でも足元は暖かい。
建ち並ぶ家々は、俺の【修理】スキルによって耐震・断熱・防音構造が完璧に施され、築百年越えの古民家ですら新築以上の快適さを誇っている。
「……ふむ。今日も大盛況じゃな、主よ」
駅のホームを見下ろす高台にある領主館(兼・俺の店)のテラスで、ガラハドさんが満足げに髭を撫でた。
彼は今、この都市の治安維持部隊の総隊長を務めている。
剣聖が睨みを利かせている街で、スリや強盗を働こうとする命知らずは皆無だ。
「そうですね。ゴルドさんの話じゃ、来場者数は先月の倍だとか。そろそろ宿泊施設を増築しないとパンクしますね」
俺はコーヒーカップを置き、眼下の街を見渡した。
一年前、ボロボロの身体と心でたどり着いたこの場所。
ハンマー一本で廃屋を直し、水車を直し、人の心を直してきた。
その積み重ねが、この景色を作ったのだと思うと、感慨深いものがある。
「師匠ーッ! 東区画の造成工事、予定より三日早く完了しましたぞ!」
ドスドスと足音を立てて、ガレオスがやってきた。
彼は建設局長として、相変わらず現場の最前線で汗を流している。
その手には図面ではなく、巨大なスコップが握られていた。
「お兄ちゃん! お昼ご飯できたよー!」
キッチンからリリスが顔を出す。
彼女は今、街のマスコットキャラクター的な存在として愛されつつ、俺の助手として見習い修行中だ。
最近では、簡単な日用品の修理なら一人でこなせるようになってきた。
「ありがとう、リリス。……よし、午後の開店準備をするか」
俺はエプロンを締め直した。
領主になっても、英雄になっても、俺の本業は変わらない。
俺は『修理屋』だ。
執務室でハンコを押す仕事は優秀な事務官(ソフィアが推薦してくれた人材たち)に任せ、俺自身はこうして現場に立ち続けている。
俺が店の方へ向かおうとすると、入り口の方から賑やかな声が聞こえてきた。
「おい、押すなよ! 並んでるんだから!」
「ブレイド様、お静かに。お客様が見ておられますわ」
「あらあら、相変わらず元気ねぇ」
やってきたのは、街の警備服に身を包んだブレイドと、神官服のアリア、そして魔導研究所の白衣を着たソフィアだった。
彼らは今、この街の住人として、それぞれの役割を持って暮らしている。
ブレイドはガラハドさんの下で警備隊の副隊長を、アリアは医療センターの院長を、ソフィアは魔導技術の研究主任を務めているのだ。
「よう、ルーク! 休憩中にちょっと頼みがあるんだ」
ブレイドが腰から剣を外してカウンターに置いた。
俺たちが共に打った『星砕』だ。
使い込まれて傷が増えているが、手入れは行き届いている。
「刃こぼれか? 随分と派手に使ったな」
「ああ。昨日、街道に出たはぐれドラゴンを退治してな。あいつら、皮膚が硬くて敵わん」
ブレイドは悪戯っぽく笑った。
かつてのように道具のせいにする言葉はない。
「敵わん」と言いつつも、その顔には充実感が滲んでいる。
「貸してみろ。……ふむ、芯はブレてないな。いい腕になった」
「へへっ、誰かさんに鍛えられたからな」
俺はハンマーを取り出し、軽く叩いた。
カァン!
一瞬で刃こぼれが修復され、切れ味が戻る。
「はいよ。代金はツケとくぞ」
「ちぇっ、まーた借金が増えたか。一生ここで働くしかないな」
「それが一番の奉公だろ」
俺たちが軽口を叩いていると、店の外に一台の瀟洒な馬車が止まった。
王家の紋章が入った、見覚えのある馬車だ。
「ルーク様!」
扉が開き、飛び出してきたのは聖女シルヴィア様だった。
彼女は護衛も待たずに駆け寄ってくると、俺の手を両手でギュッと握りしめた。
背景に花が咲くような満面の笑顔だ。
「シルヴィア様? いらしてたんですか?」
「はい! 公務の視察という名目で、お父様から休暇をいただきました! 今日は一日、助手としてお手伝いさせていただきます!」
「えっ、王女様を助手になんてできませんよ」
「いいえ! エプロンも持参しましたから!」
シルヴィア様は本当にマイエプロン(フリル付き)を取り出し、手早く装着した。
その手慣れた様子に、アリアとソフィアが「負けてられないわね……」と小声で囁き合っている。
「さあ、開店しましょうルーク様! 今日もたくさんのお客様が待っていますよ!」
彼女の号令と共に、俺は店のシャッターを開けた。
初夏の爽やかな風と共に、活気ある街の喧騒が流れ込んでくる。
「いらっしゃいませー!!」
開店と同時に、長蛇の列を作っていた客たちが店に入ってきた。
「ルーク様、この時計が動かなくて……」
「お任せください。中の歯車が摩耗してますね。チタン合金に変えておきます」
「俺の鎧、サイズが合わなくなっちまって」
「太りましたね? 自動サイズ調整機能を組み込んでおきますから、ダイエット頑張ってください」
「畑のトラクターの調子が悪いんだ」
「ガレオス、見てやってくれ!」
「御意!」
店の中は、戦場のような忙しさになった。
ハンマーを振るう音。
客との会話。
仲間たちの笑い声。
それらが混ざり合い、心地よいBGMとなって俺を包み込む。
ふと、俺は作業の手を止め、店全体を見渡した。
一年前、俺は「修理しかできない無能」と言われ、全てを失った。
だけど今、俺の周りにはこんなにも多くの笑顔がある。
壊れた剣も、崩れた城壁も、そして傷ついた人々の心も。
すべてを直して、繋ぎ合わせて、この場所を作った。
「(……修理屋ってのも、悪くないな)」
俺は小さく呟き、手元のハンマーを握り直した。
このハンマー一本あれば、俺はどこでだって生きていける。
そして、誰かを幸せにできる。
「すみませーん! これ、直せますか?」
列の最後尾から、小さな男の子が壊れたおもちゃを持って駆け寄ってきた。
ロボットの腕が取れて泣きそうな顔をしている。
俺はカウンターから身を乗り出し、少年の目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「もちろん。君の大切な相棒なんだろ?」
「う、うん……」
「なら、お兄ちゃんに任せな。世界一カッコよく直してやるから」
俺はニカッと笑った。
少年が、涙を拭いてパァッと笑顔になる。
俺は大きく息を吸い込み、店中に響くような声で言った。
「さあ、次の方どうぞ! いらっしゃいませ! どんな壊れたものでも、新品以上に直しますよ!」
グリーンホロウの空に、今日も高らかなハンマーの音が響き渡る。
それは、世界で一番頼りになる修理屋が、この街にいるという証だった。
物語はここで一区切り。
だが、俺たちの毎日は続いていく。
壊れたものがある限り、俺の仕事は終わらない。
そして、それは俺にとって、この上ない幸せなことなのだ。
(第30話 完)
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