第31話 平和になった世界でも、修理屋の朝は早い。隣国のスパイが「壊れた時計」を持ってきたようです

「……ふぁあ。今日もいい天気だな」


魔王討伐から数ヶ月。

グリーンホロウの街に、いつもの朝が訪れた。

俺、ルーク・ヴァルドマンは、大きく伸びをしながら領主館――という名の、少し大きくなった俺の店のテラスに出た。


眼下に広がるのは、かつての限界集落とは思えない光景だ。

整備された大通りを魔導バス(ゴーレム動力)が走り、色とりどりの屋根が並ぶ商店街からは、開店準備の活気ある音が聞こえてくる。

遠くには、俺が『修理』した黒鉄の城壁が朝日を反射して輝き、その上を警備用のガーゴイル・ドローンが巡回している。


「平和だ……」


しみじみと呟く俺の背後から、ドスドスと重い足音が近づいてきた。


「おはようございます、師匠! 本日の拡張工事のスケジュール確認をお願いします!」


朝からテンションが高いのは、元・魔王軍四天王のガレオスだ。

彼は今、建設局長として、人口増加に伴うニュータウン開発の指揮を執っている。

すっかり作業着(特注サイズ)が板につき、手には巨大な図面ケース(元はミサイルランチャーの筒)を抱えていた。


「おはよう、ガレオス。今日は西区画の水道工事だったか?」

「ハッ! 上下水道完備の高級住宅街、『グリーン・ヒルズ』の着工です! ゴーレム部隊五十体を投入し、昼までには基礎を完成させます!」

「張り切ってるなぁ。まあ、頼んだよ」


ガレオスが敬礼して去っていくと、入れ替わりにエプロン姿の少女がやってきた。

リリスだ。彼女もすっかり背が伸び、店の看板娘として立派に成長している。


「お兄ちゃん、朝ごはんできたよ! 今日はシルヴィアさんが焼いたパンだって!」

「お、それは楽しみだ」


リビングへ行くと、そこには非日常的な、しかしここでは日常となった光景があった。

この国の王女であり聖女であるシルヴィア様が、粉まみれになってパンを並べているのだ。


「おはようございます、ルーク様! 今日の出来栄えは自信作ですよ!」

「おはようございます、シルヴィア様。……公務の方は大丈夫なんですか?」

「ふふ、宰相閣下に『視察』という名目で書類を全部投げてきましたから!」


眩しい笑顔。

彼女はあれから頻繁にこの街を訪れ、半ば住み着いている状態だ。

王都とグリーンホロウを結ぶ直通列車が開通したおかげで、通勤(?)が可能になってしまったのが大きい。


食卓には、警備隊の制服を着たブレイド、医療センター長のアリア、魔導研究所長のソフィア、そして治安維持総隊長のガラハドさんも揃っていた。

かつての勇者パーティと、剣聖、そして魔族。

まさに呉越同舟だが、今の彼らは家族のように自然に食卓を囲んでいる。


「ルーク。今日の警備シフトだが、少し気になることがある」


パンをかじりながら、ブレイドが真面目な顔で切り出した。

彼は今、ガラハドさんの下で副隊長を務め、実質的な現場指揮を任されている。

以前の傲慢さは消え、責任感のある男の顔つきになっていた。


「気になること?」

「ああ。最近、東の『ガガン帝国』からの入国者が増えているんだ。商人を名乗ってはいるが、どうもきな臭い。身のこなしが洗練されすぎている奴が混じっている」


ガガン帝国。

王国の東に位置する、軍事力を背景に領土を拡大してきた覇権国家だ。

魔王軍との戦いでは静観を決め込んでいたが、平和になった途端、動き出したということか。


「スパイですかね」

「十中八九な。お前の技術……特に『城壁』や『魔導列車』、それに『自動修復機能』なんかは、軍事転用すれば世界を獲れる代物だ。帝国が狙わないはずがない」


ブレイドは眉をひそめた。


「俺の方でもマークはしているが、店に来る客までは選別しきれない。……気をつけてくれよ、ルーク」

「わかってるよ。ま、うちは『なんでも修理屋』だ。客が誰だろうと、壊れたものを持ってくるなら対応するさ」


俺はコーヒーを飲み干し、立ち上がった。

スパイだろうが何だろうが、俺のテリトリー(店)に入れば、ただの客だ。

もし悪さをするようなら……その時は『修理』してやるだけだ。


   *   *   *


午前十時。

『なんでも修理屋ルーク』は、開店と同時に多くの客で賑わっていた。

俺はカウンターに立ち、次々と持ち込まれる依頼を捌いていた。


「ルーク様、このネックレスの鎖が切れてしまって……」

「はい、お任せを。【修理・結合】!」

カァン!


「畑のポンプから水が出ねぇんだ!」

「パッキンの劣化ですね。ゴムの弾力を再生しておきます」

カァン!


流れ作業のように依頼をこなしていると、ふと、店の空気が変わった。

入り口に立っていたブレイドが、鋭い視線を送ってくる。

その先にいたのは、一人の男だった。


身なりは良いが、どこか冷たい雰囲気を持つ細身の男。

仕立ての良いスーツを着ているが、その歩き方には隙がない。

商人というよりは、訓練された暗殺者のような気配だ。


男は俺のカウンターの前まで来ると、恭しく帽子を取った。


「お初にお目にかかります。私は東方のガガン帝国より参りました、貿易商のワイズマンと申します」


丁寧な口調だが、目は笑っていない。

観察するように、俺の手元や店内の設備を見回している。


「いらっしゃいませ。遠いところをわざわざ。修理の依頼ですか?」

「ええ。噂に名高い『伝説の修理屋』殿の腕を見込んで、お願いしたい品があるのです」


ワイズマンは懐から、掌サイズの小さな箱を取り出した。

黒い金属で作られた、複雑な紋様が刻まれた箱だ。


「これは我が家に代々伝わる『からくり時計』なのですが、数年前に動かなくなってしまいまして。帝国の名だたる技師に見せても、誰も直せなかったのです。……貴殿なら、あるいはと思いまして」


彼は挑戦的な笑みを浮かべて、箱をカウンターに置いた。

俺は箱を手に取った。

ずっしりと重い。

そして、触れた瞬間に【修理】スキルの解析が走る。


(……ほう。なるほどね)


俺は内心で冷笑した。

これは時計じゃない。

表向きは時計の機能を持っているが、その内部には高度な盗聴機能と、魔力波形を記録するスキャナー、さらには持ち主の魔力に反応して爆発する自爆装置まで組み込まれている。

帝国の諜報部が使う、最新鋭のスパイガジェットだ。

しかも、構造が極めて複雑で、下手に開けようとすると内部の酸が回路を溶かすトラップ付き。


「直せますか?」


ワイズマンが試すように聞いてくる。

もし「直せない」と言えば俺の評判は落ちるし、もし下手にいじってトラップを発動させれば「貴重な家宝を壊された」と難癖をつけてくるつもりだろう。

あるいは、修理する過程で俺の魔力データを収集するのが目的か。


どっちに転んでも、相手に損はない策だ。

……普通の職人相手なら、な。


「ええ、直せますよ」


俺はニッコリと笑った。


「ただの時計にしては、随分と『余計な機能』がついているみたいですが」

「……ほう? それはどういう意味で?」


ワイズマンの目がすっと細くなる。


「いえいえ。ただ、油切れと歯車の摩耗が激しいなと思いまして。……少々お待ちを。1分で仕上げます」


俺はハンマーを取り出した。

相手がスパイなら、こちらも相応の対応(サービス)をさせてもらおう。


「【修理】、発動」


カァン!


俺は箱を軽く叩いた。

俺の魔力が箱の内部に浸透し、ミクロン単位の回路を瞬時に組み替える。


まず、盗聴器とスキャナーの回路を物理的に切断。

次に、自爆用の火薬と魔石を『分解』し、ただの動力源として再利用。

トラップの酸は中和して、潤滑油に変換。

そして、本来の「時計」としての機能を極限まで向上させる。


さらに、俺からのささやかなプレゼント(お返し)も追加しておこう。


「はい、出来上がりです」


俺は箱をワイズマンに返した。

まだ30秒も経っていない。


「なっ……もう終わったのですか? 中も開けずに?」

「ええ。確認してみてください」


ワイズマンは疑わしげに箱を受け取り、側面のスイッチを入れた。


チクタク、チクタク……。


美しい音色と共に、箱の蓋が開き、精巧な黄金の鳥が現れて時を告げた。

その動きは滑らかで、一切の淀みがない。


「ば、馬鹿な……。あの複雑なセキュリティロックを解除せずに、内部機構に干渉したというのか……?」


ワイズマンが小声で驚愕している。

彼は慌てて、隠しコマンドを入力し、裏の機能(スパイモード)を起動しようとした。


……シーン。


反応がない。

何度やっても、盗聴器もスキャナーも起動しない。

ただの、超高性能な時計として時を刻むだけだ。


「ど、どうなっている……? なぜ『機能』しない!?」

「どうしました? 時計なら動いてますよ?」


俺はすっとぼけた。


「ああ、そういえば。中があまりにも汚れていたので、不要なゴミ(・・・)は全て取り除いておきました。おかげで、純粋な時計として完璧な精度になりましたよ」


「ゴ、ゴミだと……!? あれは帝国軍の最新鋭の……ッ!」


ワイズマンは口を滑らせかけ、慌てて口を噤んだ。

顔色が青から赤、そして白へと変わっていく。

任務失敗だ。

しかも、相手に全て見透かされた上で、無力化されたのだ。


「そ、そう……ですか。感謝します……」


ワイズマンは震える手で時計を懐にしまった。

だが、俺のサービスはまだ終わっていない。


「あ、それとですね。その時計、あまりにも大事な『家宝』だということでしたので、防犯ブザー機能をつけておきました」

「は……?」

「持ち主以外の人間、あるいは『悪意を持った人間』が触れると、大音量で国歌を歌い出す機能です。便利でしょう?」


その瞬間、ワイズマンの懐から、大音量のメロディが流れ出した。

ただし、ガガン帝国の国歌ではない。

我が王国の国歌だ。


『たたーえよー、わがーくーにー♪』


「うわぁぁっ!? な、なんだこれは!?」

「おや? 反応しちゃいましたね。……もしかしてワイズマンさん、何かやましいことでも考えてました?」


店中の客が注目する。

警備をしていたブレイドが、ニヤリと笑って歩み寄ってきた。


「おいおい、随分と賑やかな時計だな。……ちょっと署(詰め所)で話を聞かせてもらおうか? その『家宝』について詳しくな」


「くっ……! 覚えていろ!」


ワイズマンは捨て台詞を吐き、王国の国歌を大音量で流しながら、逃げるように店を出て行った。

その後ろ姿を、店内の客たちが大爆笑で見送る。


「ははは! 傑作だな!」

「さすがルーク様だ、スパイなんて手玉に取っちまった!」


俺はハンマーを回し、肩をすくめた。


「やれやれ。時計を直すついでに、性根も直してやりたかったんですが……まあ、警告としては十分でしょう」


ブレイドが戻ってきて、俺の背中をバンと叩いた。


「いいザマだったな。帝国もこれで懲りてくれればいいんだが」

「どうかな。逆に警戒レベルを上げられたかもしれないぞ」

「その時はその時だ。俺たちが追い返すさ」


頼もしい言葉だ。

かつては自分のことしか考えていなかった男が、今は街の守護者として胸を張っている。


「さて、次の依頼は……」


俺が声をかけようとした時、店の奥からソフィアが顔を出した。

彼女の表情は、いつになく真剣だった。


「ルーク。ちょっといいかしら」

「ん? どうした?」

「今の男……ワイズマンが持っていた時計。あれに使われていた技術、ただの帝国製じゃないわ」


ソフィアは声を潜めた。


「あれには、古代魔法文明の……それも『ロストテクノロジー』とされる術式が組み込まれていた。帝国が独自に開発できるレベルじゃないわ」

「……つまり?」

「帝国は、何か『遺跡』を発掘したか……あるいは、古代の遺産を操る『誰か』と手を組んでいる可能性がある」


俺の脳裏に、先日ブレイドと一緒に打った聖剣『星砕』の素材――空から落ちてきた鉱石のことがよぎった。

世界が平和になったように見えても、地下ではまだ何かが蠢いているのかもしれない。


「……面白くなってきたな」


俺はニヤリと笑った。

古代兵器だろうが、帝国の陰謀だろうが、壊れたものなら直すだけだ。

それに、俺には最高の仲間たちがいる。


「ソフィア、解析を頼めるか? さっきの時計の構造データ、俺の魔力に残ってる」

「ええ、任せて。帝国の鼻を明かしてやりましょう」


平和な村に忍び寄る影。

だが、俺たちはもう恐れない。

このグリーンホロウは、世界最強の修理屋と、その仲間たちが守る場所なのだから。


「さあ、仕事仕事! お待たせしました、次のお客様!」


俺の声に、店は再び活気を取り戻した。

どんなトラブルも、俺のハンマーと仲間がいれば、きっと笑い話に変わる。

そう信じて、俺は今日もハンマーを振るい続けるのだった。

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