第29話 世界を救った修理屋、今日も元気に営業中
「……さて、と。魔王は倒したけど、一つ問題が残ったな」
魔王消滅の歓喜に沸く王城の玉座の間。
俺、ルーク・ヴァルドマンは、窓の外に広がる雲海を見下ろして頭を掻いた。
俺たちがいる王都は今、地上数千メートルの上空に浮かんでいる。
魔王が『龍脈』を暴走させて浮上させたわけだが、俺がその龍脈を『修理』する際、うっかり「飛行機能」を最適化してしまったせいで、墜落こそ免れたものの、降り方がわからなくなっていたのだ。
「ルーク殿! こ、これはどうすればよいのだ!? このままでは我々は天空の住人になってしまうぞ!」
国王レグルスが、威厳もかなぐり捨てて慌てふためいている。
宰相も騎士団長も顔面蒼白だ。食料の備蓄はあっても、さすがに一生空の上で暮らすのは御免だろう。
「大丈夫ですよ。機能としては『浮遊要塞』として完成させてありますから」
俺は玉座の肘掛けに埋め込まれた(俺が勝手に追加した)操作パネルを弄った。
「着陸モード、起動。……場所は、元の盆地でいいですよね?」
「当たり前だ! 慎重に頼むぞ、慎重にな!」
「了解。オートパイロットで降ろします。……あ、ついでに『整地機能』もオンにしておこう」
俺がボタンを押すと、城全体から低い駆動音が響いた。
ズズズ……と巨大な浮遊島が降下を開始する。
ただ降りるだけではない。
俺が組み込んだプログラムにより、城の底部から放出される重力波が、着陸地点の瓦礫や荒れた大地を自動的にプレスして平らにし、さらに地盤を強化しながら着地するという、超親切設計だ。
数十分後。
ドスン、という軽い衝撃と共に、王都は元の場所に帰還した。
以前よりも地盤が安定し、ついでに下水道や地下水路まで整備された状態での帰還だ。
「……戻った。本当に戻ったぞ!」
「奇跡だ……! 神の御業だ!」
城内から、そして王都の住民たちから爆発的な歓声が上がる。
俺は一仕事終えた充実感と共に、ハンマーを腰に戻した。
「これにて、ご依頼の『王都の修理』、完了です。陛下、仕上がりはいかがですか?」
「完璧だ……。いや、完璧という言葉すら生温い。余の想像を遥かに超えている」
国王は俺の手を両手で握りしめた。
その目は潤んでいる。
「ルーク・ヴァルドマン伯爵よ。そなたは魔王を倒し、国を救い、そして王都を難攻不落の要塞へと生まれ変わらせた。この功績、金銀財宝や爵位だけでは到底報いきれん。……どうだ、我が娘シルヴィアを娶り、次期国王にならんか?」
「へっ?」
いきなりの爆弾発言に、俺は素っ頓狂な声を上げた。
横にいたシルヴィア様が、顔を真っ赤にしてモジモジしている。
「お、お父様!? そ、そのようなことを急に……! でも、ルーク様がよろしければ、私は……」
「いやいやいや! 無理です! 俺は王様なんて器じゃありません!」
俺は全力で首を横に振った。
王様になったら、毎日書類仕事と儀式に追われて、ハンマーを握る時間がなくなってしまう。
それは職人としての死を意味する。
「俺はあくまで『修理屋』です。グリーンホロウの領主ってだけでも荷が重いのに、国なんて背負えませんよ」
「むぅ……。残念じゃが、そなたがそう言うなら仕方あるまい」
国王は惜しげに溜息をついたが、すぐに表情を引き締めた。
「ならば、約束通り報酬は弾もう。グリーンホロウへの直通道路の建設、および関税の撤廃。さらに、王家御用達の『最高技術顧問』の称号を授ける。……これなら文句あるまい?」
「ありがとうございます。それならありがたく」
こうして、俺の王都での仕事は終わった。
ブレイドたち勇者パーティは、王都の復興を手伝うためにしばらく残ることになった。
彼らは自分たちの罪を償い、一から信頼を取り戻すために、泥にまみれて働くことを選んだのだ。
「ルーク。……またな」
別れ際、ブレイドは俺に拳を突き出した。
その背中には、俺たちが共に打った黒い聖剣『星砕』がある。
「ああ。暇になったら遊びに来いよ。風呂くらいは貸してやる」
「へっ。……絶対に行くからな。待ってろ」
俺たちは拳を合わせ、笑い合った。
もう、言葉はいらなかった。
* * *
それから数週間後。
グリーンホロウの村――いや、今は『特別自治領グリーンホロウ』は、かつてない賑わいを見せていた。
「最後尾はこちらでーす! 割り込みは禁止ですよー!」
村の入り口では、整理券を配る声が響いている。
街道には長蛇の列。
王都から、近隣諸国から、そして冒険者ギルドから。
噂を聞きつけた人々が、連日押し寄せているのだ。
「ここが、あの『伝説の修理屋』がいる街か……」
「城壁が黒光りしてるぞ。オリハルコンだって噂は本当だったのか」
「温泉もあるらしいわよ! 美肌効果がすごいって聖女様も言ってたわ!」
村……いや、街のメインストリートは観光客でごった返していた。
ゴルド商会が運営する土産物屋では、『ルーク印の魔導カマド(家庭用)』や『グリーンホロウ産・鉄木細工』が飛ぶように売れている。
宿屋は数ヶ月先まで満室。
かつての限界集落の面影はどこにもない。
そして、その中心にある俺の店『なんでも修理屋ルーク』の前は、特にカオスなことになっていた。
「主よ、今日の予約分だけで百件を超えたぞ。どうする?」
エプロン姿のガラハドさんが、予約リストを見て呆れ顔をしている。
かつての剣聖も、今ではすっかりカリスマ店員だ。
「百件か……。まあ、午前中で終わらせるよ。午後は新しい用水路の視察に行きたいし」
「師匠! 資材の搬入、完了いたしました!」
裏口から、ガレオスが元気よく入ってきた。
彼は今、村の建設部門のトップとして、ゴーレム部隊を指揮している。
ちなみに、彼目当てに魔族の観光客(?)も増えており、人間と魔族が仲良く温泉に浸かるという、世界でも類を見ない平和な光景が生まれていた。
「お兄ちゃん、お茶入ったよ!」
看板娘のリリスが、トレイを持ってくる。
彼女の笑顔は、待っている客たちの癒やし成分として大人気だ。
「ありがとう、リリス。……よし、開店だ!」
俺は気合を入れて、店のシャッターを開けた。
「いらっしゃいませー!!」
ドッと客が雪崩れ込んでくる。
冒険者の折れた剣、商人の壊れた馬車、おばあちゃんの形見の時計、子供の壊れたおもちゃ。
持ち込まれる依頼は様々だ。
世界を救った英雄になっても、俺のやることは変わらない。
壊れたものを、直す。
それだけだ。
「すいません、この剣なんですが、ドラゴンに噛まれて……」
「はいはい、拝見しますね。……なるほど、芯が歪んでるな。【修理・強化】!」
カァン!
「はい、どうぞ。ついでに竜特攻の属性を付与しておきました」
「えっ!? 一瞬で!? しかもなんか光ってる!?」
「あのお、この人形、腕が取れちゃって……」
「お任せを。……よし、繋がったぞ。関節もスムーズにしておいたから、ポーズも取りやすいはずだ」
「わぁ! ありがとうお兄ちゃん!」
次々と仕事をこなしていく。
忙しい。
めちゃくちゃ忙しい。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
客が笑顔で帰っていく姿を見るたびに、胸の奥が温かくなる。
俺はやっぱり、王様よりも修理屋が性に合っている。
昼休憩。
俺は店の裏手にある自宅のリビングで、仲間たちと昼食を囲んでいた。
メニューは、ブレイドが送ってくれた王都の名産品を使ったサンドイッチだ。
「うむ、美味い。やはり王都のハムは絶品じゃな」
「パンはうちの村の小麦の方が美味しいですけどね」
和やかなランチタイム。
そこへ、一台の馬車がやってくる音がした。
また新しい客か? と思って窓の外を見ると、見覚えのある三人組が降りてくるところだった。
「……よう、ルーク。景気はどうだ?」
少し日焼けして、精悍な顔つきになった勇者ブレイド。
以前より質素だが、手入れの行き届いたローブを纏った賢者ソフィア。
そして、動きやすい神官服に身を包んだ聖女アリア。
元・勇者パーティの三人だ。
「ブレイド! お前ら、仕事はどうしたんだ?」
「休暇をもらってきたんだよ。王都の復興も一段落したしな。……それに、約束しただろ? 遊びに行くって」
ブレイドは背中の『星砕』を軽く叩いて笑った。
「久しぶりね、ルーク。……ふふ、相変わらず大盛況みたいじゃない」
「ルーク様、お元気そうで何よりですわ。……あ、お土産に王都限定のスイーツを持ってきましたの!」
三人は笑顔で店に入ってきた。
そこに、かつてのようなギスギスした空気はない。
あるのは、苦難を乗り越えた戦友としての信頼と、気心の知れた友人としての親愛だけだ。
「いらっしゃい。ちょうど昼飯時だ。一緒に食うか?」
「おう! 腹ペコなんだよ! ルークの飯が食いたくて、朝から何も食わずに馬車を飛ばしてきたんだ!」
ブレイドが遠慮なく席につく。
ガラハドさんが「しょうがない奴らじゃ」と笑いながら椅子を詰める。
ガレオスが「師匠のサンドイッチは争奪戦ですぞ!」と牽制する。
リリスが嬉しそうに新しいお皿を持ってくる。
狭いリビングが、一気に賑やかになった。
俺はサンドイッチを追加で作るためにキッチンに立ちながら、この光景を眺めた。
「……悪くないな」
追放されたあの日、俺は全てを失ったと思った。
でも、違った。
俺はここに来て、自分の居場所を見つけ、仲間を見つけ、そして失ったはずの絆も、新しい形で結び直すことができた。
壊れても、直せばいい。
何度でも、もっと良い形に。
「ルーク! 早くしろよ! ガレオスに全部食われる!」
「わかってるよ。今行く」
俺は大皿を持って、みんなの輪の中へと戻っていった。
外からは、午後のお客さんたちの賑やかな声が聞こえてくる。
グリーンホロウの午後は、まだ始まったばかりだ。
「さて、腹ごしらえが済んだら、午後の部も張り切って行きますか!」
「おう! 俺も手伝うぜ! 荷運びくらいなら任せろ!」
「私も受付を手伝いますわ!」
「私は……そうね、魔導具の調整ならできるわ」
かつての勇者パーティが、俺の店のエプロンをつけて張り切っている。
最強の修理屋と、再生した勇者たち。
この店は、間違いなく世界で一番「なんでも直せる」店になっただろう。
俺は空を見上げた。
青く澄み渡る空。
平和だ。
本当に、平和だ。
「いらっしゃいませ! 『なんでも修理屋ルーク』へようこそ!」
俺の声が、風に乗って遠くまで響いた。
世界を救った修理屋は、今日も元気に営業中だ。
どんな壊れたものでも、傷ついた心でも。
ここに来れば、きっと直る。
だって、俺がいるからな。
(第29話 終わり)
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