第28話 壊れかけた『世界の結界』を修理する。ついでに魔王城もリフォーム?

「……なんだ、ここは」


俺、ルーク・ヴァルドマンが目を開けると、そこは光と闇が渦巻く奇妙な空間だった。

上下の感覚はなく、足元には幾何学模様のラインが網の目のように走っている。

これが、王城の内部構造――物理的な石材の裏側にある、魔力回路の深淵だ。


普段、俺が道具を【修理】する時に脳内でイメージしている「設計図」の世界。

だが、今回は規模が違う。

巨大な城塞都市ひとつ分の情報量が、奔流となって押し寄せてくる。


「くっ……! さすがに重いな」


俺は情報の波に流されないよう、精神を集中した。

目の前に広がる光のライン(=城の本来の機能)には、ドス黒い粘液のようなノイズが絡みつき、脈動している。

これが魔王だ。

城の地下深くに眠る『龍脈(レイライン)』というエネルギーの源泉に寄生し、そこから城全体へと根を張り巡らせている。


『……貴様か。我の身体に入り込んできた羽虫は』


空間全体から、重苦しい声が響いた。

どこから聞こえるというわけではない。この空間そのものが魔王の意思だからだ。


「羽虫じゃないよ。修理屋だ」


俺は愛用のハンマーを構えた(精神世界なので、イメージすれば具現化する)。


「随分と散らかしてくれたな。おかげで城のセキュリティシステムも、空調も、魔力循環もめちゃくちゃだ。住んでる人が迷惑してるぞ」


『住む? フハハハ! 愚かな。この城はもはや建物ではない。我の肉体そのものだ。貴様らは、我の腹の中にいる餌に過ぎん』


黒い粘液が鎌首をもたげ、俺に襲いかかろうとする。

だが、俺は動じない。

ここは俺の土俵だ。


「肉体だって? 笑わせるな。お前はただの『不法占拠者』だ。……出て行ってもらうぞ」


俺はハンマーを振り上げた。

狙うは、目の前の黒いノイズの結び目。


「【修理・異物排除】!」


カァンッ!


乾いた音が響き、黒い粘液の一部が弾け飛んだ。


『グオォッ!? な、何をした!?』


「こびりついた汚れを落としただけだ。……さあ、大掃除の始まりだ」


   *   *   *


一方、現実世界。

王城の玉座の間は、修羅場と化していた。


「させんッ!!」


勇者ブレイドが吼える。

黒い結晶体から伸びる無数の触手が、微動だにしないルークの肉体を狙って殺到していた。

ブレイドは『星砕』を振るい、その全てを斬り落とす。


「キリがないわね! 次から次へと!」


後方では、賢者ソフィアが『賢者の杖・改』を乱射していた。

壁や床から湧き出してくる影の魔物たちを、正確無比な魔弾で撃ち抜いていく。


「ヌンッ! 師匠の身体には指一本触れさせん!」


元四天王ガレオスが、魔槍を風車のように回し、迫りくるリビングアーマーの群れを粉砕する。

剣聖ガラハドは、聖女シルヴィアとアリアの結界を守るように立ち、抜刀術の構えで隙を窺っている。


『小賢しい人間どもめ……! 我が体内であることを忘れたか!』


魔王の怒声と共に、玉座の間の壁が波打ち、そこから巨大な顔が現れた。

石壁が変形し、口を開ける。


「壁が……襲ってくるぞ!」

「城全体が敵だ! 足元に気をつけろ!」


床から棘が突き出し、天井が落下しようとする。

まさに絶体絶命。

だが、ブレイドは退かなかった。


「ルークが戦ってるんだ……! 俺たちがここを守り抜かなきゃ、あいつが帰る場所がなくなる!」


ブレイドの剣が白銀に輝く。

かつての聖剣のような、神聖な輝きではない。

もっと泥臭く、しかし力強い、人の意志の光。


「【星砕流・一閃】!!」


ブレイドが編み出した独自の剣技。

横薙ぎの一撃が、迫りくる石の壁を真っ二つに両断した。


「すごい……。ブレイド様、あんな力が……」


結界の中で祈っていたアリアが息を呑む。

道具の性能に頼りきりだった勇者はもういない。

自らの力で道を切り開く、真の戦士がそこにいた。


「ルーク! 俺は耐えるぞ! 何時間でも、何日でも! だから……さっさと終わらせて戻ってこい!」


ブレイドの叫びは、精神世界にいる俺の耳にも届いていた。


   *   *   *


「……へっ、カッコつけるじゃねぇか」


精神世界の俺は、ニヤリと笑った。

外の連中が頑張ってくれている。

なら、俺も職人の意地を見せなきゃな。


俺は目の前に広がる、城の心臓部――『龍脈のコア』へと進んでいた。

そこは、巨大な光の柱(龍脈)に、ドス黒い腫瘍(魔王の魂)が融合している場所だった。

腫瘍から伸びた血管が、龍脈のエネルギーを吸い上げ、城全体を蝕んでいる。


『来おったか、修理屋。だが、ここまでだ』

『龍脈と我は既に一体化している。我を剥がせば、龍脈も傷つき、この浮遊城は墜落する。貴様らの都は消滅するのだ!』


魔王が勝ち誇ったように笑う。

人質ならぬ、城質を取っているつもりなのだろう。

確かに、普通の攻撃魔法や物理攻撃なら、魔王を倒すと同時に龍脈を破壊してしまう。

医者で言えば、心臓に絡みついた癌細胞を切除しようとして、心臓そのものを止めてしまうようなものだ。


「だから、誰も手出しできなかったわけか」


俺はコアの前に立った。

魔王の瘴気が、俺の精神を侵食しようとまとわりついてくる。

だが、俺はそれを手で払いのけた。


「お前、勘違いしてるぞ」


俺はハンマーを、コアの接合部にそっと当てた。


「俺は破壊するんじゃない。『分解』するんだ」

『な、なに?』


「どんなに複雑に絡み合っていても、元が別のものなら、必ず『継ぎ目』がある。俺の目は、それを見逃さない」


【修理】スキル、最大出力。

モード:『神域・構造分離(セパレーション)』。


俺の魔力が、龍脈と魔王の境界線に浸透していく。

ミクロン単位、いや、分子レベルでの結合を、一つ一つ丁寧に解いていく作業。

それは、爆弾処理のような繊細さと、巨大建築を動かすような豪快さが必要な神業だ。


「そこだ!」


カァン!


俺が一撃を入れると、魔王の腫瘍の一部が、ポロリと龍脈から剥がれ落ちた。


『ギョェェッ!? い、痛い! 貴様、何をした!?』


「癒着を剥がしたんだよ。……ほら、どんどん行くぞ」


カァン! カァン! カァン!


俺はリズム良くハンマーを振るった。

叩くたびに、魔王の魂が悲鳴を上げ、龍脈から引き剥がされていく。


『や、やめろ! 離れる! 我の力が、供給源がぁぁ!』


魔王が触手を伸ばして抵抗しようとするが、俺はもう止まらない。

さらに、作業を進めながら、俺はあることに気づいた。


(……この城の構造、やっぱり古いな。数千年前の設計だ。無駄が多い)


龍脈からエネルギーを吸い上げるパイプライン(魔力回路)が、旧式で効率が悪いのだ。

せっかくここまで入り込んだんだ。

ただ魔王を追い出すだけじゃ、修理屋の名折れだ。

ついでに「リフォーム」してやるか。


「ここ、詰まりやすいから拡張しておこう。……よし」

「こっちの回路はバイパスを通して……エネルギー効率300%アップ」

「耐震構造が甘いな。衝撃吸収の術式を基礎に組み込んで……」


俺は魔王を引き剥がす作業と並行して、城の魔力構造そのものを書き換え始めた。

勝手に最新設備へとアップデートされていく我が身(城)に、魔王は困惑の声を上げた。


『き、貴様、戦いの最中に何をしている!?』


「メンテナンスだよ。お前が不法占拠して傷つけた部分を直してるんだ。ついでに、最新の防衛システムも追加しておいてやる」


『防衛システムだと……?』


「ああ。お前みたいな害虫が二度と入れないようにな!」


俺は龍脈のコアに、グリーンホロウの城壁で使ったのと同じ『絶対拒絶結界』のプログラムを書き込んだ。

そして、剥がれかけの魔王の魂に向かって、最後の一撃を振りかぶった。


「仕上げだ! 出て行けぇぇぇッ!!」


ドォォォォォォォンッ!!!


精神世界が白く染まる。

俺のハンマーが、魔王の魂と龍脈の最後の繋がりを断ち切った。


『バ、バカなァァァァァッ!! 我が、我があぁぁぁ……!』


魔王の断末魔が響き渡り、黒い腫瘍は完全に弾き飛ばされた。

後に残ったのは、純白に輝く美しい龍脈の柱と、俺がリフォームしてピカピカになった魔力回路だけ。


「ふぅ……。作業完了」


俺は額の汗を拭った。

これで、城は助かった。

あとは、追い出された魔王の「中身」を、現実世界で叩くだけだ。


「さて、戻るか」


俺は光の中へと意識を浮上させた。


   *   *   *


現実世界、王城・玉座の間。


ズズズズズ……!


城全体が大きく震えた。

だが、それは崩壊の震動ではない。

澱んでいた空気が一掃され、清浄な風が吹き抜けるような、再生の鼓動だった。


「み、見て! 黒い結晶が!」


アリアが指差した先。

床や壁を侵食していた黒い結晶体が、ボロボロと崩れ落ちていく。

代わりに、城壁の石材が白く輝き出し、ひび割れていた箇所が自動的に修復されていく。


「城が……直っていく?」

「ルーク殿がやったのか!」


騎士団長が歓声を上げる。

そして、玉座の間に鎮座していた巨大な黒い塊――魔王の核――から、凄まじい勢いで黒い煙が噴き出した。


『オノレェェェェッ!! 修理屋風情ガァァァッ!!』


煙は空中で集束し、一人の巨人の姿を形作った。

身長五メートル。

漆黒の肌に、ねじれた角。

背中にはコウモリのような翼。

これぞ、魔王の真の姿(本体)だ。

城という鎧を剥がされ、むき出しの状態で引きずり出されたのだ。


「ルーク!」


ブレイドが叫ぶと同時に、俺は目を開けた。

意識が肉体に戻る。

全身に疲労感があるが、気分は悪くない。


「……よう。家賃滞納で強制退去させられた気分はどうだ、魔王?」


俺はハンマーを肩に担ぎ、空中に浮かぶ魔王を見上げた。


『貴様……! よくも我が肉体(城)を奪ったな!』


「奪ったんじゃない。本来の持ち主(人間)に返しただけだ。それに、お前が出て行ってくれたおかげで、城の機能は『新品以上』になったぞ」


俺は指を鳴らした。

パチン。


その瞬間、玉座の間の壁がスライドし、隠されていた砲門が現れた。

俺が精神世界でリフォームした際に追加した、『城内迎撃システム』だ。


「なっ!?」


シュンシュンシュンッ!


四方八方から魔力光弾が魔王に浴びせられる。

魔王はたまらず防御障壁を展開するが、その表情には焦りが見えた。

自分の城だった場所が、今は完全に自分を敵と認識して攻撃してきているのだ。


「ここからは、この城全体が俺たちの味方だ」


俺は仲間たちを見渡した。

ブレイド、ソフィア、ガレオス、ガラハド、アリア。

全員、満身創痍だが、目は死んでいない。


「総力戦だ。裸になった魔王なんて、ただのデカい的だろ?」


「フッ、言うてくれるわ!」

ガラハドさんが笑い、剣を構える。


「違いないわね。データは取れたわ、弱点集中砲火でいくわよ!」

ソフィアが杖の出力を最大にする。


「師匠の作った城、傷つけずに奴だけを潰す!」

ガレオスが魔槍を唸らせる。


そして、ブレイドが一歩前に出た。

その手には、『星砕』が握られている。


「ルーク。お前が作った最高の舞台だ。……最後は、俺が決めていいか?」


「ああ。美味しいとこ持っていけ、勇者」


俺は背中を押した。


『小賢しいィィッ! 我は魔王ぞ! 貴様らごときに屈しはせぬ!』


魔王が吼え、両手に暗黒の魔力を溜め込む。

城ごと俺たちを消し飛ばすつもりだ。


「させるかよ!」


俺はハンマーを床に叩きつけた。

【修理・環境操作】。

床が波打ち、魔王の足元のバランスを崩す。

同時に、天井からシャンデリアが落下し、魔王の視界を塞ぐ。


「今だ! 全員、攻撃開始!」


「【賢者の光(セイクリッド・レイ)】!」

ソフィアの極太ビームが魔王の障壁を削る。


「【魔槍・螺旋穿ち】!」

ガレオスの突きが魔王の左腕を粉砕する。


「【天翔・龍閃】!」

ガラハドさんの居合いが魔王の翼を切り落とす。


「【聖女の祈り・退魔結界】!」

アリアの援護魔法が、魔王の闇の力を抑制する。


四人の絶妙なコンビネーションにより、魔王は防戦一方に追い込まれた。

そして、その中央を、一筋の光が駆ける。


「これで……終わりだァァァッ!!」


ブレイドが跳んだ。

『星砕』が、宇宙のような深淵な輝きを放つ。

俺が込めた「概念干渉」の力。

それは、魔王という「理不尽な存在」そのものを断ち切る刃。


「【星砕流奥義・流星(メテオ)・ブレイク】!!!」


ズバァァァァァァァンッ!!!


ブレイドの一撃が、魔王の胸にある核(コア)を直撃した。

魔王の断末魔すら、光の中に消えていく。


「バ……カ……な……。人間……ごとき……に……」


魔王の巨体が光の粒子となって崩壊していく。

その光景は、王都の空に美しいオーロラとなって広がった。


戦いが終わった。

静寂が戻った玉座の間で、ブレイドは剣を下ろし、大きく息を吐いた。

そして、振り返って俺に親指を立てた。


「……いい仕事だったろ? 修理屋」


俺は苦笑して、同じように親指を立て返した。


「ああ。及第点はやってやるよ」


王都は救われた。

そして、世界も。

だが、俺の仕事はまだ終わっていない。

この浮遊城、俺がリフォームしすぎて、今のままだと地上に降りられない(ずっと浮いてる仕様にしちゃった)気がするんだが……まあ、それは後で直せばいいか。


俺たちは勝利の余韻に浸りながら、窓の外に広がる青空を見上げた。

長く苦しい戦いの終わり。

そして、本当の平和の始まりだった。


(第28話 終わり)

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