第21話 敵の将軍の武器を、触れただけで『分解』してしまいました

「おい、勇者。皮のむき方が厚いぞ。もっと薄く、身を無駄にしないように」

「くそっ……! うるさい! 俺は剣を振るう手で、なんで芋を剥かなきゃならないんだ!」


グリーンホロウの村、朝の炊事場。

かつて魔王を追い詰めた勇者ブレイドは、エプロン姿でジャガイモの山と格闘していた。

その横では、聖女アリアが意外な手際良さで野菜をカットしており、村のおばちゃんたちから「あら、アリアちゃんはいいお嫁さんになるわねぇ」と褒めそやされている。


「……堕ちたな、俺たち」


ブレイドは鼻水をすすりながら、ピーラー(俺が作った自動皮むき機ではなく、あえて手作業用の普通の包丁を渡してある)を動かした。

俺、ルーク・ヴァルドマンは、その様子を少し離れた場所から眺めていた。


「どうだ、ブレイド。芋の皮むきも、極めれば剣術に通じるものがあるだろ?」

「あるわけないだろ! バカにするな!」


ブレイドが包丁を投げ出しそうになった時、俺の手元にあるものが彼の視界に入った。

俺が研磨布で磨いている、一振りの剣だ。

それは、ブレイドがダンジョンで錆びつかせ、抜くことすらできなくなっていた聖剣『グラン・ミストル』だった。


「……あ」

「だいぶサビが落ちてきたな。中の魔力回路も繋がってきた。お前が芋を剥いている間に、こいつもリハビリ中だ」


俺が言うと、聖剣が「フォン」と微かに光った。

まるで、ブレイドに「サボるなよ」と言っているかのように。


「……わかったよ。やればいいんだろ、やれば」


ブレイドは悔しそうに再びジャガイモに向き直った。

彼の歪んだプライドは、まだ完全には直っていないが、少なくとも「働く」という行為を通じて少しずつ矯正されつつある。

荒療治だが、これが一番効くのだ。


その時だった。


ビリビリビリッ!


村の空気が震えた。

殺気ではない。もっと純粋で、鋭利な「闘気」だ。

芋を剥いていたブレイドの手が止まり、アリアが青ざめて包丁を取り落とす。


「主よ」


店の中でリリスの相手をしていたガラハドさんが、音もなく俺の横に現れた。

その表情は険しい。


「……来たな。昨日の黒騎士とは桁が違う。あれは軍人ではない。『武人』の気配じゃ」

「武人?」

「うむ。己の武のみを信じ、高みを求める修羅。……厄介な客が来たようじゃ」


俺たちは炊事場を離れ、村の入り口へと向かった。

黒鉄の城壁の前。

そこには、たった一人で佇む男の姿があった。


軍勢は引き連れていない。

身につけているのは、動きやすさを重視した軽装の鎧と、背中に背負った身の丈2メートルを超える巨大な『槍』だけ。

髪は白く、顔には無数の傷跡が刻まれている。

ただ立っているだけで、周囲の空間が切り裂かれているような錯覚を覚えるほどのプレッシャーを放っていた。


「……貴様が、この要塞の主か?」


男が口を開くと、重低音が腹に響いた。


「俺はルーク。ただの修理屋だ。……あんたは?」

「我は魔王軍四天王が一角、『千の武器を持つ男』ガレオス。黒騎士ヴォルガが敗走したと聞き、興味を持って参った」


四天王。

勇者パーティが最終目標としていた魔王軍の幹部クラスだ。

ブレイドたちが悲鳴を上げて隠れようとする気配を感じたが、無視する。


「ヴォルガの敵討ちか?」

「否。奴は武具の性能に頼り切り、己を磨くことを怠った愚か者。負けて当然だ」


ガレオスは冷たく言い放ち、背中の槍をゆっくりと抜いた。

その瞬間、暴風が吹き荒れた。


「我の目的は一つ。貴様が作ったという、この城壁。そしてヴォルガの武器を一瞬で葬ったという貴様の『技』。それを、我が至高の槍『魔槍・天穿(てんせん)』で打ち砕くことだ」


ガレオスの手にある槍は、異様だった。

螺旋状にねじれた穂先は、常に高速で振動しており、触れるもの全てを粉砕する凶悪な魔力を帯びている。

素材は不明だが、おそらくこの世界のものではない。

隕石か、あるいは異界の鉱物か。


「主よ、下がるがよい。あれは危険じゃ」


ガラハドさんが俺の前に立ち、蒼天の牙を抜いた。

剣聖対四天王。

本来なら世紀の一戦となるカードだ。


「剣聖ガラハドか。老いたとはいえ、その剣気……相手にとって不足なし!」


ガレオスが吼え、地面を蹴った。

速い。

瞬きする間に間合いを詰め、魔槍を突き出す。


ガギィィィンッ!!!


ガラハドさんが剣で受け止めるが、その衝撃で地面が陥没した。

魔槍の高速振動が、剣と接触した瞬間に衝撃波を生み出し、周囲の空気を歪ませる。


「くっ……! なんという重さ……!」

「ほう、我が一撃を受け止めるか! だが、この槍の振動にいつまで耐えられる!」


ガレオスは猛攻を仕掛ける。

突き、払い、薙ぎ。

その全てが必殺の威力だ。

ガラハドさんは巧みに受け流しているが、剣と槍が接触するたびに、嫌な音が響いている。

キィィィィン……という、金属の悲鳴だ。


「(……まずいな)」


俺は後ろで見ていて、眉をひそめた。

ガラハドさんの腕は負けていない。

だが、武器の相性が悪すぎる。

ガレオスの魔槍は、「破壊」することに特化した構造をしている。

高速振動によって相手の武器の分子結合を揺さぶり、接触するだけで耐久値を削り取っていくのだ。

このままでは、ガラハドさんの愛剣『蒼天の牙』が、金属疲労で折れてしまう。


「ガラハドさん、代わってください!」

「なっ!? 主よ、何を言う! こやつは化け物じゃぞ!?」

「いいから! その槍、俺が見ます!」


俺は叫びながら、戦いの渦中へと踏み込んだ。

武器を持たず、エプロン姿のままで。

自殺行為に見えただろう。

ガレオスも、俺の行動に驚き、一瞬動きを止めた。


「……何だ貴様は。死に急ぐか?」

「死にはしないよ。ただ、あんたのその槍……使い方が間違ってるから、気になって仕方ないんだよ」

「何だと?」


ガレオスの眉がピクリと動いた。

武人としての誇りを傷つけられたのか、彼の殺気が俺に向けられる。


「我が槍の使い方が間違っているだと? この槍は、触れるもの全てを塵に変える最強の魔導兵器だ! 貴様ごとき修理屋に何がわかる!」

「わかるさ。だってその槍、泣いてるぞ」


俺は静かに言った。

ハッタリではない。

俺の耳には聞こえていた。

魔槍・天穿の、悲痛な叫びが。


『痛い、痛い、熱い……! もう回れない、止まりたい……!』


高速振動機構(バイブレーション・システム)が限界を超えて酷使され、内部の魔力回路が焼き切れそうになっている音だ。

ガレオスはそれを「最強の威力」だと思っているようだが、実際には「暴走寸前の悲鳴」なのだ。


「戯言を! ならばその身で味わうがいい、我が最強の一撃を!」


ガレオスは激昂し、槍を構えた。

魔力が収束し、穂先の振動が極限まで高まる。

空気がプラズマ化し、バチバチと火花を散らす。


「消し飛べぇぇぇッ!!」


必殺の突きが放たれた。

音速を超える一撃。

ガラハドさんが「ルーク!」と叫ぶ。


だが、俺にはスローモーションに見えた。

俺は一歩も引かず、迫りくる槍の穂先に、そっと右手を差し出した。


【修理】スキル、発動。

モード:『緊急停止』および『強制分解』。


対象は、槍の先端にある「振動発生核(バイブレーション・コア)」。


(……ここだ!)


俺の指先が、槍の側面に触れた。

ほんの軽いタッチ。

だが、その瞬間、俺の魔力が槍の内部構造へと浸透し、暴走していた回路の安全ピンを「抜いた」。


カシャン。


乾いた音がした。


次の瞬間。


バラララララッ!!


ガレオスの手の中で、最強の魔槍が弾け飛んだ。

爆発したのではない。

何百個もの精巧な部品――ネジ、歯車、魔石の欠片、外装のプレート――に、綺麗に分解されて飛び散ったのだ。


勢い余って突っ込んできたガレオスは、何もなくなった柄(ただの棒)を握りしめたまま、俺の横を通り過ぎ、ズザーッ! と地面を滑って転んだ。


「……は?」


ガレオスは地面に這いつくばったまま、自分の手の中にある「ただの棒」を見つめた。

そして、周囲に散らばった、かつて自分の愛槍だったものの部品たちを見た。


「な、な、な……」

「危なかったな。あと数秒遅れてたら、そのコアが爆発して、あんたの手首ごと吹き飛んでたぞ」


俺は地面に落ちていた、赤熱した小さな魔石(コア)を火箸で摘まみ上げた。


「メンテナンス不足だ。高速振動させるなら、冷却機構と潤滑油の補給は必須だろ? 無理やり回し続けてたせいで、軸受けが摩耗してガタガタだったぞ」

「き、貴様……貴様ぁぁぁ!! 何をしたぁぁぁ!!」


ガレオスは顔を真っ赤にして立ち上がり、棒を振り上げた。

最強の武器を失ったショックと、訳のわからない状況へのパニックで、完全に錯乱している。


「俺の天穿を! 魔王様より賜りし至高の槍を! 壊したのか!?」

「壊してない。バラしただけだ。……直してやるから、貸してみろ」

「なっ……?」


俺は彼の手から棒をひったくると、散らばった部品を【修理】スキルで引き寄せた。


「よく見とけ。これが正しい組み方だ」


カァン! カァン!


ハンマーを一閃。

空中に浮いた部品たちが、光と共に再結合していく。

摩耗していた軸受けは、俺の手持ちのミスリルで補強・再生。

冷却不足だった排熱スリットを拡張し、魔力の循環効率を最適化。

さらに、無駄に振動してエネルギーを浪費していた構造を改め、インパクトの瞬間だけ超振動する「省エネ高威力モード」へと改造。


「はい、丁上がり」


わずか十秒。

俺の手には、以前よりも洗練されたフォルムを持つ、新生・魔槍が握られていた。

不快な振動音はない。

静かに、しかし力強く脈打つような青い光を宿している。


「ほらよ。大事に使えよ」


俺は槍を放り投げた。

ガレオスは慌ててそれを受け取る。


「……ば、馬鹿な」


ガレオスは槍を見つめ、震えた。

武人である彼にはわかるのだろう。

この槍が、以前とは比べ物にならないほどの完成度を持っていることが。

軽く振るだけで、空気が綺麗に切れる。

魔力を通せば、瞬時に反応して唸りを上げる。


「な、なぜだ……? なぜ敵である我の武器を……しかも、以前より強く……」

「俺は修理屋だからな。目の前で道具が悲鳴を上げてるのを見過ごせなかっただけだ。それに、あんたのその腕、いい筋肉してるじゃないか。道具への愛着さえ持てば、もっと強くなれると思うぞ」


俺はニカッと笑った。

ガレオスは呆然と俺を見つめ、それからガラハドさんを見た。


「……剣聖よ。貴様の主は、何者なのだ?」

「フッ。見ての通り、ただの修理屋じゃよ。……もっとも、神の領域に片足突っ込んでおるがな」


ガレオスは深く息を吐き、槍を背中に収めた。

戦意は完全に消えていた。

というより、自分の最強の武器を「触れただけで分解」され、さらに「説教されながら強化修理」されたことで、心の芯までへし折られたようだった。


「……負けだ。完敗だ」


ガレオスはその場に膝をつき、頭を垂れた。


「武でも、器でも、貴様には勝てん。この槍、そしてこの命、貴様に預ける」

「えっ、命はいらないって。リリスの時も言ったけど」

「ならぬ! 魔王軍四天王として、敗北は死に値する。今更戻る場所などない。どうか、我を部下として……いや、弟子として加えてくれ!」


「弟子ぃ!?」


俺が叫ぶと、物陰から様子を見ていたブレイドたちがずっこけた。

四天王が弟子入り。

また一人、俺の店に規格外の従業員が増えようとしていた。


「おい、ルーク……。お前、本当に何なんだよ……」


ブレイドがジャガイモを持ったまま、乾いた笑いを漏らす。

その横で、アリアが「また一つ、伝説が……」と呟いて気絶しかけていた。


「まあ、力仕事ができるなら歓迎するよ。うちは今、人手不足だしな」


俺は頭を掻きながら、ガレオスを立たせた。

こうして、魔王軍四天王『千の武器を持つ男』ガレオスは、グリーンホロウの「資材運び兼警備員その2」として再就職することになった。

彼が運ぶ木材の量はゴーレム以上であり、村の子供たちからは「槍のおじちゃん」として懐かれることになるのだが、それはまた後の話だ。


「さて、と。邪魔も入ったけど、仕事に戻るか」


俺はエプロンを直し、店へと戻る。

手元には、まだ磨きかけの聖剣がある。


「ブレイド、サボるなよ。今日のノルマはジャガイモ百個だぞ」

「わかってるよ! チクショウ!」


勇者の悲痛な叫びと、新しい従業員(元四天王)の「師匠、ご指示を!」という野太い声が、平和な村の空に響き渡った。

グリーンホロウの戦力過剰ぶりは、留まるところを知らない。

だが、西の空には、まだ魔王本人の影がチラついている。

ラスボスが来る前に、俺たちの戦力はどこまで膨れ上がるのだろうか。

……まあ、なんとかなるか。

壊れたら、直せばいいだけだからな。


(第21話 終わり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る