第22話 辺境の街、王国最強の要塞都市として讃えられる
「師匠! 本日の朝錬、指定された丸太運び五百本、完了いたしました!」
「おお、早いなガレオス。昨日の倍のペースじゃないか」
グリーンホロウの爽やかな朝。
俺、ルーク・ヴァルドマンが店の前の掃除をしていると、上半身裸で汗だくになった巨漢が、ドスドスと地響きを立てて駆け寄ってきた。
元・魔王軍四天王、『千の武器を持つ男』ガレオスだ。
彼は今、俺の弟子(という名目の下働き)として、村の土木工事を一手に引き受けている。
「うむ! 師匠に直していただいたこの『魔槍・天穿』。重力制御機能が追加されたおかげで、資材運びが羽のように軽いです!」
「それはよかった。じゃあ次は、裏山の整地を頼むよ。ゴーレム部隊と連携して、午後までに更地にしておいてくれ」
「御意!!」
ガレオスは敬礼すると、再び嵐のように去っていった。
その背中には、かつての四天王としての威圧感はなく、ただの「仕事熱心な現場監督」のオーラが漂っていた。
「……馴染んでおるのう、あやつも」
縁側でお茶を啜っていたガラハドさんが、呆れたように笑う。
「主の人徳じゃな。まさか、四天王が村の開拓作業で汗を流すとは、誰が想像しようか」
「人徳というか、単に暇を与えると『修行させてくれ!』ってうるさいから仕事を振ってるだけなんですけどね」
俺は苦笑しながら箒を動かした。
村は平和だ。
先日襲来した黒騎士の軍勢を撃退し、さらに四天王の一人を吸収したことで、グリーンホロウの戦力は過剰なほどに膨れ上がっていた。
だが、そんな平和な村に、また新たな来訪者が現れようとしていた。
「ルーク様ー! 大変だよー!」
見張り台にいた村の子供が、息を切らして走ってくる。
「街道の方から、すっごいキラキラした行列が来るよ! 王様のマークがついた旗を持ってる!」
「王様のマーク? ……ああ、そういえばソフィアが言ってたな。王都からの使者が来るって」
俺は箒を置いた。
いよいよ、お偉いさんの到着か。
俺としては、ただの修理屋として静かに暮らしたいだけなのだが、国を救ってしまった以上、そうもいかないらしい。
「ガラハドさん、出迎えに行きましょうか。……ブレイドたちも呼んできてください」
「承知した。あのジャガイモ剥き係にも、現実を見せてやらねばならんからの」
* * *
村の入り口、黒鉄の城壁の前。
そこに現れたのは、百名を超える王宮騎士団と、豪華絢爛な馬車を中心とした大行列だった。
先頭には、王家の紋章を染め抜いた旗が翻っている。
「……止まれぇぇッ!!」
行列の先頭を行く騎士団長が、悲鳴のような号令をかけ、馬を急停止させた。
彼が見上げているのは、俺が作った城壁だ。
高さ五メートル、オリハルコン級の強度を持ち、無数の魔導砲門が隠された(今は収納されているが)鉄壁の要塞。
朝日に照らされて黒光りするその威容は、王都の城壁すら子供騙しに見えるほどの圧迫感を放っていた。
「な、なんだこれは……! 報告には『木の柵があるだけの寒村』とあったはずだぞ!?」
「き、騎士団長! 魔力探知機が振り切れています! この壁自体が、巨大な魔導アーティファクト反応を示して……!」
「バカな! ここは魔王軍の前線基地か何かなのか!?」
騎士たちがざわめき、剣に手をかける。
無理もない反応だ。こんな辺境に、一夜にして超古代文明レベルの要塞が出現していれば、誰だって警戒する。
「おーい! 警戒しなくて大丈夫ですよー! ただの防犯用の壁ですからー!」
俺は城壁の上のゲートを開け、笑顔で手を振った。
後ろには、ガラハドさんとソフィア、そしてエプロン姿のまま連れてこられた勇者ブレイドと聖女アリアが並んでいる。
「た、ただの防犯用……だと?」
騎士団長は口をパクパクさせながら、開かれた門をくぐり、村の中へと入ってきた。
そして、彼らは第二の衝撃を受けることになる。
「よっこらせっ! ほら、右に回して!」
「ガガガ、了解(ラジャー)」
村の中では、三メートルの巨体を持つ重装甲ゴーレムたちが、村人と協力して新しい水路を作っていた。
さらに、その奥では元・四天王ガレオスが、大木を小脇に抱えて「筋トレじゃあ!」と叫びながら走り回っている。
「ひぃぃっ!? 重装甲ゴーレム!? それに、あれは四天王ガレオス!!」
「て、敵襲だ! 全員、戦闘態勢!」
騎士団長が抜刀し、殺気立つ。
しかし、俺はすかさず割って入った。
「ストップストップ! 彼らはうちの従業員です! 襲ってきませんから!」
「じゅ、従業員!? 魔王軍の殺戮兵器と四天王がか!?」
「ええ。先日、ちょっと『修理』して更生させたんです。今は村のために真面目に働いてますよ。ね、ガレオス」
俺が声をかけると、ガレオスは立ち止まり、大木を持ったままビシッと最敬礼した。
「いかにも! 我は今、偉大なるルーク師匠の下で、『創造』の尊さを学んでいる最中である! 騎士殿、邪魔立てするなら作業の遅延とみなすぞ!」
「……」
騎士団長は剣を下ろし、天を仰いだ。
彼の常識キャパシティは、村に入ってわずか五分で崩壊したようだった。
そんな混乱の中、馬車の扉が開き、一人の初老の男性が降りてきた。
上質な礼服に身を包み、理知的な眼鏡をかけたその人物は、この国の宰相であるベルンシュタイン公爵だった。
国王の右腕とも呼ばれる、雲の上の存在だ。
「……騒がしいですね。騎士団長、剣を収めなさい」
「は、はいっ! しかし宰相閣下、この状況は……」
「報告通り、いや、報告以上ということです。シルヴィア様の仰ったことは、誇張ではなかったようですね」
宰相は冷静な瞳で周囲を見回した。
整備された石畳、自動点灯する街灯、ゴーレムによる工事、そして活気に満ちた村人たち。
その目は、単なる驚きを超えて、為政者としての鋭い分析を行っていた。
「初めまして、ルーク・ヴァルドマン殿ですね」
宰相は俺の前まで歩み寄ると、なんと深々と頭を下げた。
「国王陛下の名代として参りました。この度は、聖女シルヴィア様の杖、ひいては我が国の危機を救っていただき、心より感謝申し上げます」
「い、いえ、頭を上げてください。俺は仕事をしただけですから」
国のナンバー2に頭を下げられ、俺は恐縮して後ずさった。
宰相は顔を上げ、穏やかな笑みを浮かべた。
「謙虚なのですね。……さて、早速ですが、陛下よりの勅命をお伝えいたします」
宰相は従者から巻物を受け取り、読み上げた。
『ルーク・ヴァルドマン。その類稀なる技術と功績を称え、本日をもって【名誉工匠伯】の爵位を授ける。また、グリーンホロウ村を王直轄の【特別自治領】とし、ルーク・ヴァルドマンをその領主として認める。尚、本領における税の徴収は永世免除とし、独自の交易権・司法権を認めるものとする』
読み上げが終わると、静寂が訪れた。
そして、爆発的な歓声が上がった。
「うおおおお!! ルーク様が領主様だー!!」
「万歳! グリーンホロウ万歳!」
「税金免除!? 最高じゃねぇか!」
村人たちが手を取り合って喜ぶ。
俺はと言えば、あまりの厚遇ぶりに呆然としていた。
「えっと……ちょっと条件が良すぎませんか? 独自の司法権って、独立国家みたいなもんじゃないですか」
「事実上、そうなります」
宰相は小声で囁いた。
「正直に申し上げましょう。今のこの村の戦力――剣聖ガラハド殿、四天王ガレオス、ゴーレム軍団、そして何より貴方の技術――は、王国軍全体よりも脅威なのです。下手に敵対したり、制限をかけて反乱を起こされたら、国が滅びます」
「はあ……」
「ならば、いっそ最大限の特権を与えて、『味方』として繋ぎ止めておくのが最善策。……陛下も『ルーク殿の機嫌を損ねるな。彼の望むままにさせろ』と仰せです」
なるほど。
毒を食らわば皿まで、ということか。
まあ、俺としても村のみんなが豊かになるなら、爵位だろうが領主だろうが引き受けるのにやぶさかではない。
「わかりました。謹んでお受けします。……ただし、俺はあくまで『修理屋』です。政治とか面倒なことはゴルドさんあたりに丸投げしますけど、いいですよね?」
「形式さえ整えば、実務はどなたがなさっても構いませんよ」
商談成立だ。
俺と宰相が握手をしていると、その後ろから、亡霊のような声が聞こえた。
「……伯爵……領主……自治権……」
勇者ブレイドだった。
彼はエプロン姿でジャガイモの入ったカゴを持ったまま、ガタガタと震えていた。
宰相が彼に気づき、眉をひそめる。
「おや、そこにいるのは……勇者ブレイド殿ではありませんか? なぜそのような格好を?」
「あ、いや、これは……」
「噂は聞いております。ダンジョンの深層でルーク殿を追放したとか。……嘆かわしいことです。貴殿が私情で捨てた人材が、今や国の救世主となり、貴殿自身はその救世主に救われて芋を剥いているとは」
宰相の言葉は、氷のように冷たく、鋭かった。
政治的な建前などかなぐり捨てた、痛烈な皮肉。
周囲の騎士たちも、ブレイドを見る目に侮蔑の色を隠さない。
「くっ……うぅ……!」
ブレイドは顔を真っ赤にし、俯いた。
言い返せない。
目の前にある現実――立派な城壁、豊かな村、そして伯爵となったルーク――が、彼の「勇者としてのプライド」を粉々に打ち砕いていたからだ。
自分が「不要」だと切り捨てた男が、自分よりも遥かに高い場所に立っている。
その事実は、どんな魔王の攻撃よりも深く、彼の心に突き刺さっていた。
「……ルーク様」
聖女アリアが、俺の袖を引いた。
彼女の目には、以前のような媚びや計算はなく、ただ純粋な尊敬と、諦めが混じっていた。
「おめでとうございます。……私たち、本当に馬鹿でしたわ。こんな素晴らしい方のお傍にいられたのに、自分から手放してしまうなんて」
「アリア……」
「もう、いいんです。私はここで働かせていただきます。聖女の力は失ってしまいましたが、野菜を切ることならできますもの」
アリアは吹っ切れたように微笑んだ。
その笑顔は、聖女として着飾っていた頃よりも、ずっと人間らしく、美しく見えた。
ブレイドは、アリアの言葉を聞いて、さらに肩を落とした。
だが、その手からジャガイモのカゴを落とすことはなかった。
彼の中で、何かが変わり始めていた。
「勇者」という虚像が崩れ去り、ただの「人間」としての自分が、泥の中から芽を出そうとしていた。
* * *
その夜、グリーンホロウでは盛大な祝賀パーティが開かれた。
村の広場には、トラクターで収穫された野菜や、ゴーレムたちが運んできた狩りの獲物が並び、大浴場から引いてきた温泉水を使った足湯コーナーまで設置された。
「カンパーイ!!」
村人、騎士団、そして元・魔王軍の面々が入り乱れて杯を交わす。
普通ならありえない光景だ。
騎士がオーク(労働用)と腕相撲をし、ガレオスが子供たちに槍術(棒回し)を披露し、宰相が温泉に浸かって「極楽じゃ……」と呟いている。
「すごいな、この村は」
騎士団長が、ジョッキを片手に俺に話しかけてきた。
「種族も身分も関係ない。ただ『楽しい』と『美味しい』があるだけだ。……ルーク殿、貴方が作ったのは、ただの要塞じゃない。本当の意味での『楽園』かもしれないな」
「楽園なんて大層なもんじゃないですよ。ただ、みんなが笑って暮らせるように、壊れたところを直しただけです」
俺は焼き鳥をかじりながら答えた。
ふと見ると、会場の隅で、ブレイドが一人で酒を飲んでいた。
誰とも交わろうとせず、焚き火を見つめている。
俺は少し迷ったが、ビールを持って彼の隣に座った。
「……飲むか?」
「……ああ」
ブレイドは俺からジョッキを受け取り、一気に飲み干した。
そして、ボソリと言った。
「……悪かった」
小さな、蚊の鳴くような声。
だが、それは彼が初めて口にした、心からの謝罪だった。
「俺は、自分が一番だと思ってた。お前の仕事なんて、誰にでもできると思ってた。でも……違ったんだな。お前がいなきゃ、俺は何もできなかった。剣一本、満足に振れなかったんだ」
「気づくのが遅いんだよ」
「まったくだ。……なあ、ルーク。俺の剣、まだ直せるか?」
ブレイドは腰の錆びついた聖剣に触れた。
「俺はもう、勇者失格かもしれない。でも、剣士として……一からやり直したいんだ。この剣と一緒に」
「……」
俺は彼の目を見た。
そこには、かつての傲慢な光はない。
あるのは、自分の弱さを認めた男の、静かな決意だった。
俺はニカッと笑った。
「直せるさ。俺は『なんでも修理屋』だからな。……ただし、代金は高いぞ? ジャガイモの皮むき、あと一年分追加だ」
「ふっ……。鬼だな、お前」
ブレイドは力なく笑った。
その笑顔は、俺たちが初めてパーティを組んだ時の、あどけない少年の顔に戻っていた気がした。
こうして、グリーンホロウは正式に『要塞都市』として認められ、俺は領主となった。
村の人口は増え続け、人間、亜人、元魔族が共存する奇跡の街として、世界中にその名を轟かせることになる。
だが、物語はまだ終わらない。
宴の喧騒から離れた場所で、ガラハドさんとソフィアが、西の空を見上げていた。
「……動き出したようね」
「うむ。ガレオスが敗れ、黒騎士が逃げ帰り、そしてこの村が国の直轄地となった。……魔王が、黙っているはずがない」
西の空に、赤黒い星が輝いていた。
それは、最後の戦いの予兆。
世界の理(ことわり)すらも歪める、最大最強の「故障」が、この地に向かって動き出そうとしていた。
「主よ。次の修理依頼は、世界そのものになるかもしれんぞ」
ガラハドさんの呟きは、夜風に溶けて消えた。
俺の『修理』スキルが、真の意味で試される時が近づいている。
(第22話 終わり)
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