第20話 修理屋ルーク、戦場へ。壊れたゴーレム軍団を即座に修復・使役する
「おーい、ルーク! 戦利品の回収はどうするんだ?」
黒鉄の城壁による一方的な防衛戦が終わり、グリーンホロウの村には再び平和な空気が戻っていた。
村人たちは勝利の美酒に酔いしれる間もなく、いつものように畑仕事や家畜の世話に戻っている。
彼らにとって、あの程度の襲撃はもはや「ちょっとした嵐が過ぎた」くらいの認識になりつつあるらしい。
慣れというのは恐ろしいものだ。
俺、ルーク・ヴァルドマンは、城壁の上から戦場跡を見下ろしていた。
そこには、逃げ帰った魔王軍が残していった大量の「ゴミ」――破壊された攻城兵器、脱ぎ捨てられた鎧、そして機能停止した魔導兵器の残骸が散らばっていた。
「どうするも何も、あんなに良い素材を放置しておくなんて勿体ないですよ。全部回収して、村の役に立ってもらいます」
俺は隣にいたガラハドさんに答えると、城壁を降りる準備を始めた。
すると、背後からおずおずと声がかかった。
「……お前、外に出るのか?」
勇者ブレイドだった。
彼はまだ顔面蒼白で、錆びついた剣を杖代わりにしている。
隣には聖女アリアも控えているが、彼女もまた、先ほどの防衛システムの威力に腰を抜かしたままだ。
「ああ。宝の山が落ちてるからな。拾いに行くんだ」
「宝の山だと……? あれはただの鉄屑だろう」
「お前にはそう見えるかもしれないが、俺にとっては最高級の資材だ。……ついてくるか? 安全は保証するぞ」
俺が言うと、ブレイドは少し迷った後、悔しそうに頷いた。
彼としても、今の自分の無力さを痛感しつつも、俺が何をするのか見届けずにはいられないのだろう。
あるいは、何か一つでも俺の粗探しをして、自分を慰めたいのかもしれない。
「……行ってやるよ。元仲間のよしみで、荷物持ちくらいなら手伝ってやってもいい」
「荷物持ちはお断りだ。お前の今の腕力じゃ、鉄板一枚も運べないだろ」
俺は容赦なく事実を告げると、先ほど活躍した賢者ソフィアを呼んだ。
「ソフィア、護衛を頼む。まだ隠れている敵がいるかもしれない」
「ええ、任せて。この『賢者の杖・改』の索敵範囲なら、ネズミ一匹逃さないわ」
ソフィアは新品の杖(というか携帯用魔導砲)を嬉しそうに抱え、俺の隣に並んだ。
その姿を見て、ブレイドとアリアが複雑そうな顔をする。
かつては自分たちの後ろをついてくるだけだったソフィアが、今は自信に満ち溢れ、ルークの相棒として振る舞っているのだから。
* * *
城壁の門が開き、俺たちは戦場跡へと足を踏み入れた。
鼻をつく焦げ臭さと、オイルの匂い。
地面は無数のクレーターで穴だらけになっているが、これも後でトラクターを使って埋め戻せばいいだろう。
俺が目指したのは、戦場の中央付近に転がっている、巨大な金属の塊たちだった。
『重装甲ゴーレム』。
魔王軍が誇る、自律型の魔導兵器だ。
身長は三メートルを超え、全身が魔法金属で覆われている。
先ほどの戦闘で、俺の城壁からの砲撃を受けたり、ガラハドさんの剣圧で吹き飛ばされたりして、今は手足がバラバラになって動かなくなっていた。
「ひぃっ……!」
アリアが悲鳴を上げてブレイドの背中に隠れる。
機能停止しているとはいえ、その禍々しい姿は恐怖を煽るには十分だ。
「おい、ルーク。こんな危険なものに近づくな。もし再起動したらどうするんだ」
「再起動? させるんだよ、今から」
「は?」
俺は一番損傷の少ないゴーレムの残骸の前に立った。
胸部の装甲が吹き飛び、動力炉である魔石が砕け散っている。
回路は焼き切れ、関節も歪んでいる。
普通の魔導技師なら「全損」と判定する状態だ。
だが、俺はハンマーを取り出し、ニカッと笑った。
「こいつの骨格、ミスリル含有率が高いな。それに、人工筋肉の繊維もまだ生きてる。……いけるな」
俺はゴーレムの頭部に手を触れた。
【修理】スキル、解析開始。
(基本プログラムは『破壊』と『殺戮』か。なんて物騒なOSだ。まずはこれを初期化。そして、新しい命令セットを書き込む……)
俺はハンマーを振り上げた。
「【修理・再プログラミング】!」
カァァァンッ!!
一撃と共に、ゴーレムの巨体が光に包まれた。
バラバラになっていた手足が磁石のように引き寄せられ、ガシャンガシャンと音を立てて接合されていく。
砕けていた動力炉には、俺が持参した予備の魔石(以前ダンジョンで拾ったもの)が填め込まれ、さらに周囲のマナを吸収して稼働する『高効率ジェネレーター』へと構造が変化する。
そして、最も重要なのが「頭脳」の書き換えだ。
俺はゴーレムの思考回路に、新しい役割を叩き込んだ。
『命令:敵を排除せよ』 → 削除。
『新命令:村の発展に貢献せよ。土木作業、荷運び、力仕事全般を担当』
『安全装置:村人への攻撃絶対禁止。ルークの命令を最優先』
光が収束する。
ゴーレムの目が、禍々しい赤色から、穏やかな緑色へと変わった。
ウィィィィン……。
駆動音が響き、三メートルの巨人がゆっくりと立ち上がった。
「うわぁぁぁ!? う、動いたぞ!!」
「ルーク、逃げろ! 襲ってくるぞ!」
ブレイドが腰の(抜けない)剣を構え、アリアがへたり込む。
だが、ゴーレムは彼らを無視して、俺の方に向き直ると、ガシャリと敬礼のようなポーズをとった。
『起動完了。マスター・ルーク。指示ヲ待チマス』
低く、しかし従順な機械音声。
俺は満足げに頷いた。
「よし。とりあえず、そこの壊れた攻城兵器を解体して、使える金属と木材に分けて運んでくれ。場所は村の資材置き場だ」
『了解(ラジャー)』
ゴーレムは踵を返すと、近くにあった巨大な投石機の残骸へと歩み寄った。
そして、人間なら十人がかりでも持ち上がらないような重い鉄骨を、軽々と片手で持ち上げ、小脇に抱えた。
さらに、器用な指先で木材の留め具を外し、綺麗に分別を始める。
「……な、なんだあいつ……」
ブレイドが呆然と口を開けていた。
殺戮兵器だったはずの怪物が、まるで熟練の作業員のようにテキパキと片付けをしているのだから、無理もない。
「言っただろ? 村の役に立ってもらうって。こいつらはパワーがあるし、疲れないし、文句も言わない。最高の労働力だよ」
俺は次々と他のゴーレムにもハンマーを振るっていった。
カァン! カァン! カァン!
次々に再起動するゴーレムたち。
合計で五十体。
彼らは整列し、緑色の目を光らせて俺の命令を待っている。
「第一班は資材回収。第二班は、村の裏手の開墾予定地へ行って、岩を取り除いて整地だ。第三班は、大浴場の増築工事の手伝いに行ってくれ。ガンツさんの指示に従うように」
『『『イエス・マスター』』』
五十体のゴーレムが一斉に敬礼し、それぞれの持ち場へと散らばっていく。
その光景は壮観だった。
これだけの労働力があれば、村の開発スピードは数倍、いや数十倍に跳ね上がるだろう。
今まで人手不足で手付かずだった道路の舗装や、上下水道の整備も一気に進められる。
「……ありえない」
アリアが震える声で呟いた。
「魔王軍のゴーレムを、あんな一瞬で……しかも、従順な下僕にするなんて。聖女の『洗脳魔法』でも、あんなことできませんわ……」
「洗脳じゃないよ。壊れた回路を直して、より良いOSに入れ替えただけだ。彼らだって、好きで殺し合いをしてたわけじゃないだろうしな」
俺は遠ざかるゴーレムの背中を見ながら言った。
彼らはもう、魔王の兵隊じゃない。
グリーンホロウ建設隊の頼もしい仲間だ。
「さあ、次はお楽しみの『戦利品回収』だ。黒騎士が落としていった鎧、あれは最高級の魔鋼だぞ。溶かして鍋にすれば、一生焦げ付かない最高傑作ができる」
俺はウキウキしながら、泥沼の方へと歩き出した。
ブレイドたちは、幽霊でも見るような目で俺の背中を見つめていた。
彼らの常識は、この一時間で粉々に粉砕され、もはや修復不可能なほどに混乱していた。
* * *
作業を終えて村に戻ると、村人たちが目を丸くして出迎えてくれた。
最初はゴーレムの姿に悲鳴を上げて逃げ惑っていたが、ゴーレムたちが礼儀正しくお辞儀をし、重い荷物を代わりに持ってあげる姿を見て、すぐに打ち解けたようだ。
「あら、意外と可愛らしい顔をしてるじゃないか」
「おいおい、俺の畑の岩を指一本でどかしてくれたぞ! ありがてぇ!」
「子供を肩車してあやしてるぞ! 意外と面倒見がいいな!」
あっという間に、ゴーレムたちは村の人気者になっていた。
特に子供たちは、巨大なロボットに大興奮で、足にしがみついたりよじ登ったりしている。
ゴーレムの方も、安全装置が働いているため、子供たちを傷つけないように慎重に動いているのが微笑ましい。
「……平和ボケしすぎだろ、この村」
ブレイドが力なく呟く。
彼は広場のベンチに座り込み、ゴーレムに肩車されてはしゃぐ子供たちを、死んだ魚のような目で見ていた。
「どうした、ブレイド。顔色が悪いぞ。ゴーレムが怖いなら、俺の家の地下室にでも隠れてるか?」
俺が冗談めかして言うと、彼はギロリと俺を睨んだ。
「……バカにするな。俺は勇者だぞ。ゴーレムごときにビビるか」
「そうか。ならいいけど」
「ルーク。お前、わかってないのか?」
ブレイドが立ち上がり、俺に詰め寄った。
「お前がやったことは、国家反逆罪レベルの危険行為だぞ! 魔王軍の兵器を勝手に使役するなんて、もし暴走したらどうするんだ! 王国騎士団に見つかったら、即刻処刑されても文句は言えないぞ!」
彼は必死に「お前は間違っている」「俺の方が正しい」という理屈を探しているようだった。
俺の力が認められないなら、社会的なルールや権威を使って俺を否定しようとする。
相変わらず、器の小さい男だ。
「暴走? しないよ。俺が直したんだから」
「だから、その自信はどこから来るんだ! お前はただの修理屋だろう!?」
「そうだよ。ただの修理屋だ。だからこそ、自分の仕事には責任を持つ」
俺は真っ直ぐにブレイドの目を見た。
「俺は、俺の技術を信じてる。そして、この村のみんなも俺を信じてくれている。それだけで十分だ。王国の法律? 知ったことか。ここは辺境のグリーンホロウだ。ここでは俺のルールが法律だ」
「ッ……!」
ブレイドは言葉を失い、後ずさった。
俺の纏う空気が、かつての「雑用係」のものではないことに気圧されたのだ。
王のような威圧感。
いや、職人としての揺るぎない矜持(プライド)。
それが、今の俺にはある。
「それに、王国騎士団なら心配いらんぞ」
横からソフィアが口を挟んだ。
彼女は手元の水晶板(俺が作った通信端末)を見ながら、淡々と言った。
「さっき入った情報によると、王都から公式の使者がこちらに向かっているそうよ。目的は、ルークへの『名誉工匠伯』の爵位授与と、この村への自治権の承認だって」
「は……?」
「しゃ、爵位……!?」
ブレイドとアリアが絶叫する。
「な、なんでルークが伯爵に!? 平民だぞ!?」
「先日、聖女シルヴィア様の杖を直して、国の結界を復活させた功績が認められたのよ。国王陛下直々の勅命だって」
ソフィアの説明に、二人は白目を剥いて倒れそうになった。
「こ、国王陛下まで……? 嘘だ……俺たち、何も聞いてない……」
「そりゃそうでしょ。あなたたち、王都から逃げるように出てきたんだから」
ソフィアの冷たいツッコミが刺さる。
ブレイドは膝から崩れ落ちた。
彼の描いていた「ルークを下僕に戻して、俺たちの手柄にする」というシナリオは、完全に破綻した。
今やルークは、彼ら勇者パーティよりも遥かに上の地位と権力、そして実力を持つ「雲の上の存在」になってしまったのだ。
「……終わった」
ブレイドが呻く。
その姿を見て、俺は少しだけ可哀想になった。
いや、自業自得なのだが、ここまで完膚なきまでに叩きのめされると、逆に清々しい。
「まあ、そう落ち込むなよブレイド。爵位なんて肩書きはどうでもいい。俺はこれからも『修理屋』だ」
俺は彼の肩をポンと叩いた。
「お前も、勇者なんて肩書きに縛られるのはやめて、一からやり直したらどうだ? うちの村なら、仕事はいくらでもあるぞ。ゴーレムの手伝いとか、皿洗いとか」
「……勇者に、皿洗いをしろと言うのか」
「働かざる者食うべからずだ。この村の掟だよ」
俺はニカッと笑った。
ブレイドは悔しそうに唇を噛んでいたが、反論はしなかった。
彼のお腹が、またグゥと鳴ったからだ。
プライドよりも食欲。
それが今の彼の現実だった。
* * *
その日の夕方。
グリーンホロウには、いつも通りの穏やかな夕暮れが訪れていた。
違うのは、村のあちこちでゴーレムたちが作業を終えて座り込んでいる光景と、広場の隅で勇者ブレイドと聖女アリアが、村のおばちゃんたちに混ざってジャガイモの皮むきを手伝わされている姿だけだ。
「ほらほら、手が止まってるよ勇者様! 今日のシチューの分が終わらないと、夕飯抜きだよ!」
「くそっ……! なんで俺がこんな……!」
「あら、アリアちゃんは筋がいいわね。聖女様だけあって手先が器用だわ」
「あ、ありがとうございます……(魔法が使えないなら、これくらいしか……)」
意外にも、アリアの方は順応し始めていた。
彼女はもともと、教会で孤児院の手伝いをしていた経験があるらしい。
プライドが邪魔をしていただけで、根は素直なのかもしれない。
問題はブレイドだが……まあ、あの頑固なプライドも、俺が時間をかけて『修理』してやるしかないか。
俺は店のカウンターからその様子を眺め、コーヒーを啜った。
「平和だなぁ」
「主よ、油断するな。黒騎士は逃げたが、魔王軍の本隊はまだ健在じゃ」
ガラハドさんが、磨き上げたグラスを拭きながら言った。
「それに、お主の作ったゴーレム軍団。あれほどの戦力があれば、逆に周辺諸国から警戒される可能性もある。力を持つということは、それだけ責任とリスクが伴うものじゃ」
「わかってますよ。だからこそ、俺たちはここで『ただの修理屋』として振る舞うんです。敵が来たら追い返す。壊れたら直す。それだけです」
俺はハンマーを手に取った。
手元には、ブレイドがこっそり置いていった、錆びついて抜けない聖剣がある。
「……まったく、素直じゃないな」
俺は苦笑しながら、聖剣の解析を始めた。
腐っても聖剣。中はまだ生きている。
ただ、持ち主の心の歪みに同調して、拗ねているだけだ。
「直してやるよ。お前も、お前の持ち主もな」
カァン。
静かな店内に、澄んだ音が響いた。
それは、勇者ブレイドの再生(リハビリ)が始まる合図でもあった。
まずは、ジャガイモの皮むきからだが。
(第20話 終わり)
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