第19話 街に迫るスタンピード。防壁の自動迎撃モード、起動
朝日が地平線から顔を出し、草原を黄金色に染め上げる。
本来ならば清々しいはずの夜明けは、今、不吉な鉄の匂いと、大地を震わせる低い足音に支配されていた。
グリーンホロウの村を取り囲む、高さ五メートルの黒鉄の城壁。
その上に立つ俺、ルーク・ヴァルドマンの視線の先には、地平線を埋め尽くす黒い軍勢がいた。
数はおよそ三千。
下級のオークやゴブリンだけではない。重装甲に身を包んだリビングアーマー、巨大な翼を広げるガーゴイル、そして後方には禍々しい魔力を放つ魔導師隊まで控えている。
「……随分と大層なお出迎えだな。ただの村一つ潰すのに、本気すぎるだろ」
俺は隣で静かに佇むガラハドさんに声をかけた。
彼は愛剣の柄に手をかけ、鋭い眼光で敵陣を射抜いている。
「主よ、あれは村を潰すのが目的ではない。そこにいるリリス、そして何より主の持つ『技術』を恐れての全力投球じゃな。芽のうちに摘んでおこうというわけだ」
「技術、か。ただの修理屋を怖がるなんて、魔王軍も意外と小心者だな」
俺は苦笑しながら、手元にある小さな操作パネルを撫でた。
城壁の石材に同化するように設置した、俺特製の防衛制御端末だ。
その時、敵陣の最前列から一騎の馬が進み出てきた。
全身をトゲだらけの黒い鎧で包み、手には巨大な戦鎌を携えた男。
リリスの父を追い詰め、魔王軍で反乱を起こしたという『黒騎士』。
「グリーンホロウの民に告ぐ!」
黒騎士の声は、魔法による増幅で城壁の上まで明瞭に響いた。
「我が名は魔王軍将軍、黒騎士ヴォルガ。我らの目的は反逆者リリスの身柄、そしてこの村に潜む不遜な人間の職人だ。速やかに門を開け、両名を差し出せ。さすれば、他の愚民どもの命だけは助けてやろう!」
尊大な要求に、村人たちが不安げに顔を見合わせる。
だが、誰一人として「差し出せ」と声を上げる者はいなかった。
彼らはこの一ヶ月で知っている。俺がどれだけ村を豊かにし、この壁がどれほど頑丈であるかを。
「ルークお兄ちゃん……」
城壁の影に隠れていたリリスが、俺の服の裾をぎゅっと握る。
俺は彼女の頭をポンと叩いてから、城壁の下に向けて声を張り上げた。
「悪いけど、お引き取り願えるかな! うちは年中無休だけど、物騒な客はお断りなんだ! それに、リリスはうちの大切な看板娘(予定)だ。渡せるわけないだろ!」
俺の返答を聞いた黒騎士は、兜の奥で冷たく目を光らせた。
「……交渉決裂だな。ならば死ね。全軍、突撃! 塵一つ残さず踏み潰せ!」
ヴォルガが戦鎌を振り下ろすと、地響きのような雄叫びと共に、三千の軍勢が一斉に走り出した。
オークの突撃。ガーゴイルの急降下。
圧倒的な物量の暴力が、小さな村へと迫る。
「ルーク、やるわよ!」
隣で『賢者の杖・改』を構えたソフィアが叫ぶ。
彼女の周囲には、既に数十もの魔法陣がホグラムのように展開されていた。
「待て、ソフィア。お前の出番はまだ先だ。魔力は温存しておけ」
「えっ? でも、あんな数が来てるのよ!? 何もしなかったら一瞬で壁まで……」
「何もしないわけないだろ。言ったはずだ。この壁は『最強の防衛システム』だってな」
俺は操作パネルのカバーを跳ね上げ、中央にある青いスイッチを押し込んだ。
「防壁自動迎撃モード、起動。……『修理』した文明の力、見せてやるよ」
カチッ、という小さな音がした。
その瞬間、黒鉄の城壁全体が、生き物のように脈動を始めた。
城壁の表面に刻まれていた幾何学模様が蒼白く発光し、等間隔に配置されていた「ただの装飾」だと思われていた石の彫刻が、一斉に変形を始める。
パカッ、と開いた壁の中からせり出してきたのは、何百本もの『魔導連装砲』の銃身だった。
「な、なによこれ……!? 石像の中から大砲が!?」
ソフィアが驚愕の声を上げる。
これらは、俺がダンジョンのガラクタやゴルドから買い取ったスクラップを分解・再構築して作り上げた、自律思考型の防衛兵器だ。
「標準、固定。……撃て」
シュンシュンシュンシュンッ!!
爆音ではない。
空気を切り裂くような高周波の音と共に、城壁から無数の魔力光弾が放たれた。
それは雨のように、突撃してくるオークの群れへと降り注ぐ。
ドゴォォォォンッ!!
一発一発が、中級攻撃魔法並みの威力を秘めていた。
しかも、俺が組み込んだ『自動追尾機能』により、光弾は空中で軌道を変え、確実に敵の急所を撃ち抜いていく。
先頭を走っていたオークたちは、悲鳴を上げる暇もなく光の中に消えていった。
「バ、バカな!? ただの壁から魔法が放たれているだと!?」
後方で見ていた黒騎士ヴォルガが絶叫する。
だが、攻撃はそれだけでは終わらない。
空から迫るガーゴイルの群れに対しては、城壁の上部に設置された回転式の魔導機銃が火を吹いた。
「空の掃除も忘れずにな」
高密度の魔力の弾丸が空を埋め尽くし、石の翼をズタズタに引き裂いていく。
墜落していくガーゴイルたちが、自分たちの軍勢を巻き込んで混乱を広げる。
「すごい……。何、これ。魔法使いが百人いても、こんなに精密な同時射撃は無理よ……」
ソフィアは呆然と、自分の杖と城壁を見比べた。
彼女が徹夜で練り上げるような高度な術式が、機械的な冷徹さで、次から次へと自動生成され、放たれていく。
それが、俺の『修理』の極致。
「壊れた古代兵器の概念」を抽出し、現代の資材で最適化して組み込んだ結果だ。
「ギャァァァッ!」
「退くな! 突っ込め! 壁に取り付けばこちらの勝ちだ!」
魔族の小隊長が部下を鼓舞する。
光弾の嵐を潜り抜け、数体のリビングアーマーが城壁の直下までたどり着いた。
彼らは巨大な槌を振り上げ、黒鉄の壁を叩き壊そうとする。
だが。
ガキィィィィィン!!
凄まじい金属音が響いたが、城壁には傷一つついていなかった。
それどころか。
「【修理・カウンター】、発動」
俺が呟いた瞬間、城壁が激しく振動した。
壁に伝わった衝撃をそのまま倍にして跳ね返す、物理反射機能だ。
ボロォォォンッ!
槌を振るったリビングアーマーたちが、自分自身の衝撃によって粉々に砕け散った。
それを見た後方の魔族たちは、恐怖で足を止めた。
斬っても傷つかず、殴れば自分が壊れる。
そんな「理不尽な壁」を前にして、戦意を維持できるはずもなかった。
「お、おい……ルーク……」
城壁の影からこっそり覗いていた勇者ブレイドが、ガタガタと震えながら俺を呼んだ。
「な、なんだこれは……。こんなの、俺たちが戦っていた魔王軍の城よりヤバいじゃないか……。お前、本当に一人でこれを作ったのか?」
「ああ。毎日少しずつ『修理』してたら、こうなったんだよ」
俺は淡々と答えた。
嘘ではない。最初はただの柵だったものを、素材が出るたびに補強し、機能を付け足していった結果、勝手に要塞へと進化したのだ。
「これなら……俺たちが戦う必要なんてないじゃないか……」
アリアが腰を抜かしながら呟く。
彼らにとっての「戦い」とは、命を削り、泥にまみれて剣を振るうことだった。
だが今、目の前で行われているのは、洗練された「作業」としての防衛だ。
職人が完璧に整備した機械が、想定通りに不具合(敵)を排除していく。
その圧倒的な文明の差に、勇者たちは自分たちの存在意義を見失いかけていた。
「いや、まだだ。親玉が出てくるぞ」
ガラハドさんが剣を引き抜いた。
戦場の中央。
味方の損害を無視して、黒騎士ヴォルガが馬を走らせてきた。
彼の身体からは、ドス黒いオーラが噴き上がり、城壁の光弾をその身で弾き飛ばしている。
「小癧な細工をぉぉ! 人間の分際で、魔王軍を愚弄するかぁぁ!」
ヴォルガが戦鎌を大きく振りかぶり、城壁に向かって跳躍した。
彼の全身から放たれる魔力は、これまでの雑魚とは次元が違う。
これなら、自動迎撃の光弾も、反射機能も、力技でねじ伏せられるかもしれない。
「ここはわしがやろう」
ガラハドさんが一歩前に出ようとした。
だが、俺はそれを制した。
「いえ、ガラハドさん。まだ主役(ソフィア)の出番じゃありません」
「ほう? じゃあ誰がやるんじゃ?」
「俺ですよ。店主として、無礼な客には直接お断りを言わないと」
俺は操作パネルのダイヤルを最大まで回した。
「出力、120%。コンセプト『分解修理』」
城壁の一部が大きくせり出し、巨大なアームのような機構がヴォルガに向かって伸びた。
「なんだ、その鈍重な鉄の腕は! 叩き潰してくれるわ!」
ヴォルガが空中で鎌を振り下ろす。
だが、俺のアームは避けることも防ぐこともしなかった。
ただ、ヴォルガの鎌の『一点』を、優しく指先で突いた。
「【修理・強制分解】」
パキィィィィィン……。
静かな音が響いた。
その瞬間、黒騎士が誇る最高品質の魔鋼で作られた戦鎌が、パズルのピースが崩れるようにバラバラに分解された。
部品単位にまで、綺麗に。
ヴォルガの手に残ったのは、ただの柄の端切れだけだった。
「…………え?」
空中で静止したかのようなマヌケな声を出すヴォルガ。
さらに、俺はアームを操作し、彼の黒い鎧の合わせ目を軽く叩いた。
「鎧もガタが来てるみたいだね。バラしてあげるよ」
ガシャンッ!
ヴォルガの鎧が、全ての留め金を一瞬で外され、彼自身の身体から剥がれ落ちた。
全身甲冑(フルプレート)だった男が、一瞬でアンダーウェア一枚の無防備な姿になり、そのまま城壁の下の泥沼へと真っ逆さまに落ちていった。
「ぐふぇっ!?」
泥まみれになり、全裸に近い姿で悶える魔王軍の将軍。
その姿に、戦場全体が静まり返った。
味方も、敵も、そして城壁の上の勇者たちも。
「……修理屋の基本はね、分解なんだよ。バラせないものは直せないからね」
俺は操作パネルを閉じ、満足げに頷いた。
「さて、将軍様。武器も防具も失ったようだけど、まだ続けますか? ちなみに、今の攻撃はまだ『挨拶』程度の出力なんですけど」
俺が冷たく告げると、ヴォルガは震える手で泥を拭い、恐怖に染まった目で城壁を見上げた。
彼にはわかったはずだ。
この城壁は、ただの壁ではない。
この村全体が、一人の狂ったほど優秀な職人によって作られた、巨大な『魔道具』そのものなのだと。
「……撤退だ」
ヴォルガの掠れた声。
「撤退、撤退しろぉぉ! 怪物だ! あの壁の向こうには怪物が住んでいる!!」
将軍の号令を待つまでもなく、生き残った魔族たちは一目散に逃げ出していった。
三千の軍勢が、たった数分で、壁を一枚も超えられないまま敗走したのだ。
村人たちから、地鳴りのような歓声が上がった。
「ルーク様万歳!」「俺たちの村は世界一だ!」
俺は大きなため息をつき、肩の力を抜いた。
「……ふぅ。これでしばらくは静かになるかな」
「主よ……お主、もう職人の域を超えておるな。城塞都市一つを、一人で制御するとは」
ガラハドさんが苦笑しながら剣を収める。
ソフィアは、出番がなかったことに少し拍子抜けした様子だったが、手元の杖の性能を再確認して、ニヤリと笑った。
「私の出番は、あの逃げた奴らを追い払う時でいいわね。ルーク、この杖の威力テスト、今からやってもいいかしら?」
「ほどほどにな。森を燃やさないでくれよ」
ソフィアは意気揚々と城壁の端へ向かい、逃げる敵軍の背後に向けて、超長距離からの精密射撃を開始した。
その威力と精度は、もはや魔法という概念を超えた「砲撃」だった。
そして。
城壁の上で、ただ呆然と立ち尽くしていた勇者ブレイド。
彼は、自分の足元にある、錆びついた鉄屑のような剣を見つめた。
自分たちがゴミのように捨てた男が、たった一人で国を救えるような力を築き上げていた。
自分たちが求めていた「最強」が、ここに、こんなにも穏やかな顔をして存在していた。
「……俺は……何をしていたんだ……」
ブレイドの目から、今度こそ本物の後悔の涙が溢れ出した。
だが、その涙がルークに届くことはない。
俺はリリスの手を引き、笑顔で村の中心へと戻っていった。
「さあ、リリス。敵もいなくなったし、お祝いに美味しいケーキでも作ろうか」
「うん! お兄ちゃん!」
平和なグリーンホロウの日常が、再び幕を開ける。
俺の『修理』は、これからもこの村を、そして世界を、望む形へと直していくのだ。
(第19話 終わり)
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