第10話 修理ついでに『付与』もサービス。炎属性マシマシで

「さて、と……。この山のような素材、どうしようか」


グリーンホロウの村、朝の爽やかな空気の中。

俺、ルーク・ヴァルドマンは、店の裏庭に山積みになった「お宝」を前に腕組みをしていた。

先日、Sランク冒険者ヴァルガスたち『紅蓮の翼』が置いていった報酬の数々だ。

金貨は村の修繕積立金として村長に預けたが、ここにあるのは現物支給されたモンスター素材である。


真っ赤に輝く『火竜の鱗』。

熱を帯びて脈動する『炎熱石』。

強靭な『ワイバーンの皮』。

どれも、王都の市場に流せば家が一軒建つレベルの希少素材だ。


「主(あるじ)よ、それは火竜の逆鱗(げきりん)ではないか? 武器に加工すれば、国宝級の魔剣が打てるぞ」


庭の隅で、日課の素振りを終えたガラハドさんが汗を拭いながらやってきた。

彼の動きは日に日に鋭さを増しており、振る舞いもすっかり「店の古株従業員」として板についている。


「武器かぁ……。でも、今のところ村のみんなは武器なんて必要としてないですしね。ガンツさんはあの斧で十分満足してるみたいだし」

「ふむ。この平和な村には過ぎた代物か。ならば、売って金にするか?」

「それも味気ないですね。せっかく良い素材があるんだから、生活の役に立つものに変えましょう」


俺は『炎熱石』を一つ手に取った。

じんわりと熱い。この石は半永久的に熱を発し続ける性質がある。

これをただの換金アイテムにするのは、職人として芸がない。


「ちょうど、これからの季節は冷え込みますからね。アレを作りましょう」

「アレとは?」

「暖房器具と、調理革命です」


   *   *   *


俺がまず向かったのは、村の集会所だ。

ここは村の女性たちが集まり、共同で炊き出しや保存食作りを行う場所なのだが、設備は古く、煤(すす)だらけだった。


「あら、ルークちゃん。どうしたの?」

「今日は鍋の修理かい?」


村の奥様方が温かく迎えてくれる。

だが、その手は荒れ、額には汗が滲んでいた。

旧式のカマドは火加減の調整が難しく、大量の薪をくべ続けなければならないため、重労働なのだ。


「みなさん、いつもお疲れ様です。今日はこのカマドを『修理』しに来ました」

「カマドを? まぁ、確かに煙が酷くて困っていたんだけど……」

「任せてください。修理ついでに、ちょっと便利な機能も『付与』しておきますから」


俺はカマドの前にしゃがみ込み、ハンマーを取り出した。

そして、懐から取り出したのは、砕いた『炎熱石』の欠片と、粉末状にした『火竜の鱗』だ。


(……カマドの煉瓦はボロボロだな。まずはこれを修復。そして、熱源を薪から魔力変換式に変更……)


解析完了。

俺はハンマーを振り上げた。


「【修理】、プラス『炎属性付与』サービス!」


カァンッ!


一撃と共に、煤けて黒ずんでいたカマドが光に包まれた。

煉瓦のひび割れが塞がり、表面が耐熱セラミックのように白くなめらかに変質する。

さらに、俺はカマドの内部に『炎熱石』を構造的に埋め込み、カマドの前面につまみのような突起を作り出した。


「はい、完成です」


光が収まると、そこにはピカピカのシステムキッチンのようなカマド(見た目はアンティーク調だが)が鎮座していた。


「あ、あら? 綺麗になったけど、薪を入れる口がなくなっちゃったわよ?」

「薪はいりません。このつまみを回してみてください」


奥様の一人が、恐る恐るつまみを回す。

ボッ!

カマドの上部から、青白い炎が静かに、しかし力強く立ち昇った。


「きゃっ!?」

「ひ、火が勝手に!?」

「これは『炎熱石』の熱エネルギーを抽出して炎に変える仕組みです。つまみを右に回せば強火、左に回せば弱火。消したい時は元に戻すだけ。薪割りも火吹きも不要です」


俺が実演して見せると、集会所は静まり返り、次の瞬間、黄色い悲鳴が上がった。


「す、すごい! なんて楽ちんなの!」

「煤が出ないわ! お鍋が汚れない!」

「これなら、徹夜でジャムを煮詰める時も火の番をしなくていいのね!」

「ルークちゃん! うちのカマドもやってちょうだい!」

「私も!」「私も!」


予想通りの反応だ。

俺はニッコリ笑って頷いた。


「もちろんです。今日は『炎属性マシマシキャンペーン』ですから、村中のカマドと暖炉を全部アップデートして回りますよ!」


その日の午後、グリーンホロウの村では奇妙な光景が見られた。

俺が家々を回ってハンマーを振るうたびに、煙突から黒い煙が出なくなり、代わりに陽炎のようなクリーンな熱気が漂い始めたのだ。


さらに、俺は余った素材で、村の各所に『街灯』も設置した。

『炎熱石』の光量のみを増幅する回路を組み込んだガラスケース(これも廃材の瓶を修理したもの)を柱に取り付ける。

これで、夜になっても村は明るく、しかもほんのりと暖かい。

山間部の厳しい冬も、これで快適に越せるだろう。


「……やりすぎではないか、主よ」


作業を手伝ってくれていたガラハドさんが、呆れたように空を見上げた。


「これでは、王都の貴族街よりも設備が整っておるぞ。魔石を動力源にしたコンロなど、王城の厨房くらいでしか見たことがない」

「そうですか? 廃材利用のエコ活動ですよ。それに、火竜の素材は熱伝導率がいいから、料理も美味しくなるはずです」

「……お主の『修理』は、常識を破壊する音がするのう」


ガラハドさんは苦笑したが、その夜、新しくなったカマドで作られたシチューを食べた瞬間、「美味い! なんだこの深いコクは!」と絶賛しておかわりをしていたので、結果オーライだ。


   *   *   *


そして、俺の計画の本丸はここからだ。

カマドの改修が終わった翌日。

俺は村長とガンツさん、そして数人の力自慢の村人を集めて、村外れの空き地にいた。

そこは、俺の家の裏手にあたり、温泉の源泉が湧いている場所だ。

以前、地脈の詰まりを直したことで湯量は豊富になっているが、今はただの野湯で、岩がゴロゴロしているだけ。


「みなさん、ここに『大浴場』を作ります」

「大浴場……? 風呂のことか?」

「はい。みんなで入れる大きなお風呂です。屋根付きで、洗い場もあって、サウナも完備した癒やしの空間です」


俺の提案に、村人たちは顔を見合わせた。

この世界では、一般庶民はタライで行水するか、川で水浴びをするのが普通だ。

お湯を沸かすコストが高いからだ。

だが、今の村には『無限熱源』がある。


「資材なら、先日ガンツさんが切り出した『鉄木』がたくさんありますし、資金はヴァルガスさんたちからの寄付金を使います。俺が設計と施工の総監督をやりますから、みなさんは手伝いをお願いします!」

「おうよ! ルークの頼みなら何でもやるぜ!」

「風呂か……。還暦過ぎた腰にはありがたい話じゃ」


工事は順調に進んだ。

というか、俺の【修理】スキルが建築にも応用できるため、進捗速度が異常だった。


「壁板が足りないな……よし、この丸太を【修理・製材加工】!」

カァン!

一瞬で綺麗な板材が出来上がる。


「釘がない? 錆びた鉄屑を集めて……【修理・新品化】!」

カァン!

大量の五寸釘が生成される。


「浴槽の岩肌が痛いな……【修理・研磨】!」

カァン!

ゴツゴツした岩が、肌触りの良い滑らかな石風呂に変貌する。


さらに、ここでも『火竜の鱗』が活躍した。

浴槽の底に鱗を加工したタイルを敷き詰めることで、お湯が冷めにくく、さらに遠赤外線効果で血行を促進する「薬湯」のような効果を付与したのだ。

サウナ室には『炎熱石』を積み上げ、水をかければ瞬時に蒸気が発生するロウリュシステムを構築。


三日後。

グリーンホロウの村外れに、立派な木造建築が完成した。

入り口には『憩いの湯』と書かれた暖簾(のれん)がかかっている。


「完成だー!!」

「一番風呂は誰だ!?」

「村長だろ!」「いや、ルーク様だ!」


歓声と共に、村人たちが雪崩れ込む。

脱衣所は床暖房完備(余った熱を床下に通した)。

浴室に入れば、ヒノキ(に似た香木)の香りと、たっぷりの湯気が迎えてくれる。


「うおぉぉぉ……生き返るぅぅ……」

「極楽、極楽じゃ……」

「肌がツルツルになるわ! これ、若返りの泉じゃない!?」


大浴場は、瞬く間に村人たちの憩いの場となった。

俺もガラハドさんと一緒に湯に浸かった。

広々とした湯船から、夜空を見上げる。


「いい湯ですね、ガラハドさん」

「……うむ。戦場での野営ばかりだったわしの人生に、こんな安息の日々が訪れるとはな。……主よ、感謝する」

「俺もですよ。みんなが喜んでくれてよかった」


湯気越しに見える村人たちの笑顔。

これこそが、俺が作りたかったものだ。

修理屋として物を直すだけでなく、この村の生活そのものを「快適」に『修理』していく。

その手応えを噛み締めていた。


   *   *   *


一方その頃。

俺たちが極上の風呂とグルメを楽しんでいる頃、王都の勇者パーティは「火」にまつわるトラブルに見舞われていた。


「……高い。高すぎるぞ!」


王都の魔道具店で、勇者ブレイドが叫び声を上げていた。

彼らが求めていたのは、武器への「属性付与(エンチャント)」だ。

Sランク冒険者ヴァルガスが持っていた「燃え盛る大剣」の噂を聞きつけた彼らは、自分たちの装備にも同じような強化を施そうと考えたのだ。


「火属性の付与だけで、金貨五十枚だと!? ぼったくりもいい加減にしろ!」

「嫌なら他を当たってくれ。最近は魔石の価格が高騰してるんだ。それに、後付けの付与は失敗のリスクもある。技術料込みなら妥当な値段だ」


店主に冷たくあしらわれ、ブレイドはギリギリと歯ぎしりをした。

金貨五十枚。

今の彼らの懐事情では、破産寸前の出費だ。

しかし、これからの遠征で氷属性のモンスターが出る地域に行く予定があり、火属性の武器は必須だった。


「……わかった。払う。その代わり、最高級の付与を頼むぞ!」

「へいへい、毎度あり」


なけなしの金を払い、ブレイドの剣に火属性が付与された。

だが、受け取った剣を見て、ブレイドは愕然とした。


「……なんだこれは。火が、弱いぞ?」


刀身に纏わりついているのは、ロウソクのような頼りない炎だけ。

ヴァルガスの剣のような、燃え上がる紅蓮の炎とは程遠い。


「これが限界だよ。あんたの剣、素材の相性が悪いんだ。無理に強くすれば、剣自体が熱に耐えきれずに溶けちまう」

「なっ……! アダマンタイトだぞ!?」

「純度が低いんだよ。安物買いの銭失いってやつだな」


店主の嘲笑を背に、店を出た三人の足取りは重かった。


「……ちくしょう。ちくしょう!!」


ブレイドは路地裏でゴミ箱を蹴り飛ばした。


「なんでだ! なんであいつらはあんな凄い装備を持ってるんだ! 俺は勇者だぞ! 選ばれた存在だぞ! なのに、なんで……!」

「ブレイド、落ち着いて……」

「うるさい! アリア、お前だって不満なんだろう!?」


アリアは唇を噛んで俯いた。

彼女もまた、新しい杖に「回復量増加」の付与を頼んだが、「杖の容量不足」と言われて断られたばかりだった。


彼らは知らなかった。

ルークがヴァルガスの剣に施したのは、単なる付与ではなく、剣の構造そのものを「炎を受け入れる形」に作り変えるという、神業の領域の『修理』だったことを。

そして、ルークがグリーンホロウの村で、彼らが喉から手が出るほど欲しがっている火竜の素材を、惜しげもなく「カマド」や「風呂」に使っているという事実を。


もしそれを知ったら、彼らは憤死していたかもしれない。


「……行こう。依頼がある」

「ええ……。稼がなくては、宿代も払えませんものね」


かつては国からの支援金と、ルークによるコスト削減で裕福だった勇者パーティは今、日銭を稼ぐためにCランク相当の雑用クエストを受けざるを得ない状況にまで追い込まれていた。


   *   *   *


グリーンホロウ。

大浴場の完成から数日後。

俺の店に、また新たな客――というか、目をぎらつかせた男が現れた。


「失礼する! ここに『なんでも修理屋』があると聞いて飛んできた!」


現れたのは、小太りで口ひげを生やした商人風の男だった。

以前、村まで送ってくれたハンザさん……ではない。

もっと抜け目のなさそうな、油断ならない目をしている。


「いらっしゃいませ。修理の依頼ですか?」

「いや、私は隣町の商人ギルドの支部長、ゴルドという者だ。実は、この村から流れてきた『木材』と、最近噂になっている『魔法のカマド』について話があってな……」


ゴルド支部長は、店の中を値踏みするように見回し、そしてカウンターにドンと革袋を置いた。


「単刀直入に言おう。君の技術、そしてこの村の製品……我がギルドと独占契約を結ばないか? 金なら弾むぞ」


どうやら、俺の撒いた種が芽を出し、外の世界の商人の鼻を刺激してしまったらしい。

村の発展のためには販路が必要だが、変な輩に搾取されるのも御免だ。


俺はチラリと横を見た。

そこには、腕組みをして仁王立ちしているガラハドさんがいる。

彼の眼光が鋭く光った。


「……主よ、どうする? 胡散臭い臭いがするが、斬るか?」

「斬らないでください。とりあえず、話だけは聞きましょう」


俺は商人に向き直り、ニッコリと営業スマイルを浮かべた。


「独占契約ですか。条件次第ですね。うちは『修理屋』ですから、壊れた商談は直せませんよ?」


グリーンホロウの村が、単なる限界集落から「職人の聖地」へと変貌を遂げる。

その経済的な第一歩が、今始まろうとしていた。

俺のスローライフ計画は、どんどん規模が大きくなっていく気がするが……まあ、風呂が気持ちいいからヨシとしよう。

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