第9話 Sランク冒険者の愛剣が折れた? お任せください、10分で直します
「おい、ここが噂の村か? 本当にこんなド田舎に凄腕の職人がいるのかよ」
グリーンホロウの村の中央広場は、これまでにない緊張感に包まれていた。
村人たちが遠巻きに見つめる中心にいるのは、異様な威圧感を放つ三人組だ。
全身を真っ赤な竜の鱗で作られた鎧で固めた巨漢の戦士。
漆黒のローブを目深に被り、不気味な杖を持った魔法使い。
そして、目にも止まらぬ速さで周囲を警戒する、獣人の軽戦士。
彼らこそ、冒険者ギルドが誇る最高戦力の一つ、Sランクパーティ『紅蓮の翼』だった。
その名を聞くだけで泣く子も黙ると言われる彼らの登場に、村長はガタガタと震えながら接待をしていた。
「よ、ようこそお越しくださいました……。し、しかし、当村には気の利いた宿もございませんで……」
「宿なんてどうでもいい! 俺たちが知りたいのは、『なんでも修理屋』の場所だ! 案内しろ!」
リーダー格である赤鎧の巨漢――『炎帝』の異名を持つヴァルガスが、雷のような大声で吠えた。
その声だけでビリビリと空気が震え、村人たちが悲鳴を上げそうになったその時だ。
「お待たせしましたー! 修理屋はここですよー!」
気の抜けた声と共に、エプロン姿の少年が広場に現れた。
俺、ルーク・ヴァルドマンである。
後ろには、すっかりこの店の従業員(兼・用心棒)としての顔が板についてきた元剣聖、ガラハドさんも控えている。
ヴァルガスは俺をギロリと睨みつけた。
身長二メートルはあろうかという巨体から放たれるプレッシャーは、並の人間なら気絶してもおかしくないレベルだ。
だが、俺は勇者パーティ時代、ダンジョンの最深部で魔王の放つ殺気に毎日のように晒されていた(後方待機とはいえ)ので、この程度では動じない。
「あぁ? なんだこのガキは。俺が呼んだのは『伝説の修理屋』だぞ。お使いの子供じゃねぇ」
「いえ、俺が店主のルークです。あなたが依頼主のヴァルガスさんですね?」
「はっ! 笑わせるな! こんなヒヨッコに、俺様の『炎竜の大剣』が直せるわけ……」
ヴァルガスが鼻で笑い、威嚇するように一歩踏み出した瞬間。
俺の背後にいたガラハドさんが、音もなく一歩前へ出た。
ただそれだけの動作。
しかし、ヴァルガスの表情が一変した。
「ッ!?」
ヴァルガスは反射的に腰の大剣に手をかけ、バックステップで距離を取った。
後ろに控えていた魔法使いと軽戦士も、瞬時に戦闘態勢に入る。
彼らのような歴戦の猛者には、見えたのだろう。
ガラハドさんから立ち昇る、隠しきれない「剣気」が。
「……おい、ガキ。その後ろの爺さん、何者だ? ただの村人じゃねぇぞ」
「ん? ああ、彼はうちの店員のガラハドさんです。ちょっと昔、剣聖やってたらしいですよ」
「け、剣聖だと!? 『蒼天のガラハド』か!?」
ヴァルガスの目が驚愕に見開かれた。
冒険者界隈でその名を知らぬ者はいない。数十年前に引退し、行方不明になっていた伝説の英雄だ。
「ふん……騒がしい客じゃな。主(あるじ)の店先で大声を出すな。品位が下がる」
ガラハドさんが静かに、しかし絶対的な重みを持って告げると、あの凶暴そうなヴァルガスが冷や汗を流して直立不動になった。
「こ、これは失礼した! まさか剣聖殿がいらっしゃるとは……! ということは、この少年があなたの……?」
「うむ。わしが忠誠を誓った主(あるじ)じゃ。その腕は、わしが保証する」
ガラハドさんの一言で、場の空気は一変した。
疑いの眼差しは消え、代わりに俺を見る目に「畏敬」の色が混じり始める。
さすがガラハドさん、権威付けの効果が凄まじい。
あとで美味しいお茶を淹れてあげよう。
「し、失礼しましたルーク殿! 俺はヴァルガスだ。どうか、俺の頼みを聞いてくれ!」
「いいですよ。とりあえず物を見せてください。ここでいいですか?」
俺が促すと、ヴァルガスは背負っていた巨大な包みを解いた。
現れたのは、身の丈ほどもある巨大な剣――だったものだ。
刀身の半分から先が無惨に砕け散り、残った部分も赤黒く変色して、ボロボロにひび割れている。
かつては炎の魔力を宿していたのだろうが、今はその残り火すら消えかけていた。
「……酷いな。これは」
「ああ。深層のダンジョンで『氷獄のハイドラ』とやり合った時に、無理をしちまった。ドワーフの国宝級の鍛冶師にも見せたが、『竜の核(ドラゴンハート)が死んでいる。もう直せない』と門前払いだ」
ヴァルガスは悔しそうに拳を握りしめた。
Sランク冒険者にとって、武器は命そのもの。
ましてや、これだけの業物だ。愛着もひとしおだろう。
俺は折れた剣に手を触れ、【修理】スキルを発動して解析を行った。
(ふむ……。素材は火竜の牙と鱗、それにオリハルコンの合金か。核となっている火の魔石が、過負荷で焼き切れて回路がショートしている。刀身の分子結合もズタズタだ。……でも)
「直せますよ」
「ほ、本当か!?」
「ええ。ただし、ちょっと派手に壊れているので、料金は高くなりますが」
「金ならいくらでも払う! 家一軒分でも、金貨千枚でも!」
「いえ、そんなにはいりません。適正価格で結構です。あとで村の倉庫に食料と資材を寄付してくれれば」
俺は袖をまくり、ニカッと笑った。
「それじゃ、始めますね。少し離れていてください。……10分で終わらせます」
「じゅ、10分!? バカな、焼き入れだけでも数日は……」
「俺の店では、カップ麺を作る感覚で直しますから」
俺は広場の中央、即席の作業台に大剣を置いた。
ハンマーを取り出し、深呼吸。
周囲の村人たちも、Sランク冒険者たちも、固唾を飲んで見守っている。
解析完了。
修復プラン構築。
【修理】スキル、出力80%。
「そぉい!!」
第一撃。
カァァァンッ!!
爆発音のような打撃音が響き渡り、大剣から紅蓮の炎が吹き上がった。
「うわっ!?」とヴァルガスたちが仰け反るが、炎は俺を傷つけない。
これは剣の中に眠っていた残留魔力が、回路の修復によって一気に活性化した証だ。
「死にかけた核(ハート)を叩き起こす! 起きろ、まだ燃え尽きるには早すぎるぞ!」
カァン! カァン! カァン!
ハンマーを振るうたびに、砕け散って無くなっていたはずの刀身が、炎の中から「再生」していく。
空気中のマナと、大気中の熱エネルギーを強制的に収集・結晶化させ、オリハルコンの構成要素として定着させる。
「無から有」を作るのではない。「周囲にある元素」を再構築して補うのだ。
さらに、ただ元に戻すだけでは面白くない。
ヴァルガスの体格と筋肉量、魔力の波長を解析し、剣の重心バランスを彼専用にカスタマイズする。
核(ハート)の周りには、俺のオリジナル技術である「魔力循環増幅炉」を組み込み、少ない魔力で最大の火力を出せるように改造。
おまけに、刀身の表面には「自動修復」と「耐熱・耐冷結界」のエンチャントを物理的に刻み込む。
作業開始から8分。
炎の勢いが収束し、眩い光の中から一振りの大剣が現れた。
以前のような赤黒い色ではない。
透き通るような紅玉(ルビー)色に輝き、刀身の周りには陽炎が揺らめいている。
「はい、お待たせしました。新品同様……いや、ランクアップしておきましたよ」
俺は額の汗を拭い、ヴァルガスに手招きした。
彼は口をあんぐりと開けたまま、動かない。
パーティメンバーの魔法使いが、震える声で呟いた。
「嘘……信じられない。あの剣から感じる魔力、以前の三倍……いいえ、五倍以上よ。まるで、生きた竜がそこにいるみたい」
「おい、ヴァルガスさん。受け取ってくださいよ」
「あ、ああ……すまん。あまりのことに、夢かと思った」
ヴァルガスは恐る恐る近づき、大剣の柄を握った。
その瞬間。
ゴォォォォォッ!!!
彼の意思に呼応するように、刀身から蒼白い炎が立ち昇った。
赤い炎よりも温度が高い、完全燃焼の証だ。
「な、なんだこれは!? 軽い! 羽根のように軽いのに、振れば山をも砕くような力が溢れてくる!」
ヴァルガスは興奮して剣を振り回した。
ブンッ! と一振りするだけで、広場の空気が熱波となって拡散する。
「すげぇ……すげぇぞ! これならハイドラどころか、エンシェントドラゴンだって斬れる!」
「調子に乗ってまた折らないでくださいよ? 一応、強度は以前の十倍にしておきましたけど」
「十倍だと!? ルーク殿、あんた一体……!」
ヴァルガスは剣を背負い直すと、俺の両手をガシッと握りしめた。
その目には涙すら浮かんでいる。
「あんたは神だ! 鍛冶の神の使いに違いねぇ! 今までの無礼、許してくれ! 俺たち『紅蓮の翼』は、今日からあんたのファンだ!」
「ファンて……。まあ、喜んでもらえて何よりです」
「おい、お前ら! 持ってる金とレア素材、全部出せ! これだけの仕事に、通常の報酬じゃ釣り合わねぇ!」
ヴァルガスの号令で、パーティメンバーたちが次々とアイテム袋の中身を取り出した。
最高級のポーション、ダンジョン産の宝石、希少な魔物の素材、そして重そうな金貨の袋。
あっという間に、店先に宝の山ができた。
「ちょ、ちょっと! こんなに貰えませんよ!」
「いいや、受け取ってくれ! これでも足りないくらいだ! 今度また、珍しい素材が手に入ったら真っ先に持ってくる!」
そう言って、ヴァルガスたちは嵐のように去っていこうとしたが、ふと思い出したように振り返った。
「そうだ、ルーク殿。王都に向かう途中、勇者パーティを見かけたぜ」
「えっ、ブレイドたちを?」
「ああ。なんか知らねぇが、ボロボロの装備でトボトボ歩いてたな。俺たちのこの剣を見せびらかしたら、悔しそうな顔をして睨んできやがった。『そんなガラクタ、すぐに折れる』なんて負け惜しみを言ってたが……ハッ! 今度会ったら、この蒼炎でビビらせてやるよ!」
ヴァルガスは豪快に笑い、今度こそ村を後にした。
彼らの去った後には、大量の報酬と、村人たちの尊敬の眼差しが残された。
「……また、村が潤っちゃったな」
俺は宝の山を見ながら苦笑した。
村長が「こ、これで向こう十年は遊んで暮らせる……」と泡を吹いて倒れそうになっている。
まあ、いいことだ。
これで村の設備をもっと充実させられる。
俺は次の修理品――近所の子供が持ってきた壊れた独楽(こま)――を手に取り、いつものようにハンマーを振るった。
Sランク冒険者の大剣だろうが、子供のおもちゃだろうが、俺にとってはどちらも大切な依頼品だ。
* * *
一方その頃。
ヴァルガスたちの目撃情報の通り、王都の城門前にたどり着いた勇者パーティの姿は、あまりにも惨めだった。
「……やっと着いた」
勇者ブレイドは、杖をつくようにして歩いていた。
腰にある「新品のアダマンタイトの剣」は、度重なる戦闘と手入れ不足により、刃がボロボロに欠け、鞘から抜けないほど歪んでしまっていた。
賢者ソフィアのローブはあちこちが破れて煤け、聖女アリアの靴は底が抜けている。
「長かった……。本当に長かったわ……」
「王都に入れば……王都に入れば、すべてが変わるはずです」
彼らの目には、縋るような光が宿っていた。
王都には、王国最高の技術を持つ職人たちが集まる「宮廷鍛冶師ギルド」がある。
そこに行けば、金に糸目をつけずに最高のメンテナンスを受けられる。
そう信じて、彼らは這うようにして門をくぐった。
城下町の賑わいは、彼らの薄汚れた姿とは対照的だった。
通り過ぎる人々が、「あれが勇者様か?」「随分とやつれているな……」とひそひそ噂する声が聞こえる。
屈辱で顔が熱くなるが、今は耐えるしかない。
彼らは一直線に、王都の一等地にある宮廷鍛冶師ギルドの本部へと向かった。
巨大な煙突が立ち並び、槌音が響く、職人たちの聖地だ。
「頼む! ギルドマスターに会わせてくれ!」
受付に駆け込んだブレイドは、なりふり構わず叫んだ。
受付嬢は驚いたが、相手が勇者だとわかると、すぐに奥へ通した。
現れたのは、筋肉隆々のドワーフ、ギルドマスターのガンコ爺さんだった。
彼は国一番の腕を持つと言われる伝説の名工だ。
「なんじゃ騒々しい。……む、勇者か。どうしたその汚い格好は」
「装備の修理を頼みたいんだ! 金ならある! この剣と、仲間の杖、鎧、全て最高級の技術で直してくれ!」
ブレイドたちは、持っている装備一式をテーブルに並べた。
ガンコ爺さんは、片眼鏡を取り出し、それらの装備をじっくりと鑑定した。
沈黙が続く。
ブレイドたちは、固唾を飲んで待った。
「任せろ、すぐに直してやる」という言葉を期待して。
しかし。
ガンコ爺さんは、深いため息をつくと、眼鏡を乱暴に机に置いた。
「……無理じゃな」
「は?」
ブレイドの思考が停止した。
「む、無理とはどういうことだ!? お前は国一番の職人だろう!?」
「腕の問題じゃない。この装備の状態を見ろ。……酷すぎる」
ガンコ爺さんは、聖剣(の代用品)を指差した。
「まるで、素人がめちゃくちゃにいじくり回したような歪み方をしておる。それに、前の持ち主……いや、メンテナンス担当者が誰だったか知らんが、そいつが施していた『超高度な魔力コーティング』の残滓がこびりついていて、わしらの技術じゃ上書きできんのじゃ」
「なっ……!?」
「この杖もじゃ。内部の魔力回路が、あまりにも複雑かつ繊細に組み替えられておる。これを解析せずにいじれば、爆発するぞ。……一体、誰がこんな神業を施したんじゃ? 正直、わしですら理解不能なレベルの技術じゃぞ」
ドワーフの言葉に、ブレイド、ソフィア、アリアの三人は言葉を失った。
「神業」。
「国一番の職人が理解不能」。
それは、彼らが「雑用」「誰にでもできる」と切り捨てた、ルークの技術のことだった。
「そ、そんな……。じゃあ、私たちはどうすれば……」
「悪いことは言わん。そのメンテナンスをしていた職人に土下座してでも頼み込め。そいつ以外に、これを直せる奴はこの世におらん」
絶望的な宣告。
ブレイドはその場に崩れ落ちそうになった。
「あいつは……あいつはもう、いないんだ……!」
「追放してしまったのです……。二度と戻らないと……」
「なんと! バカなことを!」
ガンコ爺さんは呆れ果てた顔をした。
「そんな国宝級の人材を追放したじゃと? お前ら、頭がどうかしてるんじゃないか? ……帰ってくれ。わしらにはどうすることもできん」
追い出されるようにして、ギルドを出た三人。
王都の夕暮れは、残酷なほどに赤く、彼らの影を長く伸ばしていた。
「……どうするの、ブレイド」
アリアの震える声。
ブレイドは、拳を壁に叩きつけた。
「知るかよ! ……そうだ、新しい装備を買えばいい! 店売りの新品なら、メンテナンスなんていらないはずだ!」
「でも、お金が……」
「王家に頼めば前借りできる! 俺たちは勇者だぞ!?」
彼らはまだ諦めていなかった。
しかし、彼らは知らない。
ルークのいない「普通の装備」で戦うことが、どれほど過酷で、効率の悪いものであるかということを、彼らはこれから骨の髄まで思い知ることになる。
一方、グリーンホロウ。
Sランク冒険者から貰った大量の金貨を見て、俺はニヤリと笑った。
「よし、この資金で村に『大浴場』を作ろう! 温泉を掘り当てて、サウナも完備だ!」
「おお、それは良い考えじゃな主よ。湯上がりの牛乳も用意せねば」
平和な村の夜は、今日も新しい計画と共に更けていく。
勇者たちの地獄は、まだ入り口に立ったばかりである。
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