第6話 とりあえず看板を出してみた。『なんでも修理屋ルーク』

「……えーっと、これはどういう状況だ?」


翌朝。

小鳥のさえずりと共に爽やかに目覚めた俺は、玄関の扉を開けた瞬間、固まった。

目の前に、人の壁ができていたからだ。


「おはよう、ルーク君! 待っていたぞ!」

「あ、一番乗りは俺だぞ!」

「ズルいぞ、お前! 夜明け前から並んでただろう!」

「ルークちゃん、私の鍋も見ておくれよ!」


そこには、村人のほぼ全員が集まっているのではないかというほどの大行列ができていた。

彼らの手には、それぞれ大小様々な「壊れたもの」が握られている。

錆びたクワ、柄の折れたカマ、底の抜けたバケツ、ひび割れた皿……。

まるでガラクタ市のような光景だが、彼らの目は真剣そのものだ。


昨日の水車修理の一件で、俺の評判は一晩にして村中に知れ渡ったらしい。

俺は苦笑しながら、昨日地面に突き刺したばかりの看板に目をやった。

『なんでも修理屋ルーク』。

朝日を浴びて輝くその看板が、まるで「ここに来れば奇跡が起きる」と宣伝しているかのようだ。


「みなさん、落ち着いてください! 逃げませんから! お店は今から開店です!」


俺が声を張り上げると、わっと歓声が上がった。

こうして、グリーンホロウでの『なんでも修理屋』初日が、怒涛の勢いで幕を開けた。


   *   *   *


「へい、らっしゃい! 次の方!」


俺は即席で作ったカウンター(元は廃屋の床板だが、磨き上げて大理石のような光沢を放っている)越しに、次々と持ち込まれる依頼品を捌いていた。


「これを見てくだせぇ。畑を耕すクワなんですが、刃が欠けちまって」

「なるほど。刃こぼれだけじゃなく、柄も腐りかけてますね。お任せください」


俺はクワを受け取ると、カウンターの奥にある作業台へ置く。

ハンマーを一閃。


カァン!


「はい、丁上がり!」


「はえぇ! もう直ったのか!?」


農夫のおじさんは、手渡されたクワを見て目を丸くした。

刃は新品の鋼のように輝き、柄は手に吸い付くようなグリップ加工が施されている。


「刃先には『土壌粉砕』の微細な振動機能を付けておきました。力を入れなくても、サクサク土が掘れると思いますよ。あと、柄には『疲労軽減』のバランス調整をしてあるので、一日中耕しても腰に来ません」

「なんとまあ……! こりゃあすげぇや! ありがとな、ルーク様!」

「代金は、そのカゴに入ってる野菜でいいですよ」

「いいのかい!? こんな大根で!」


農夫は大喜びで大根を置いて帰っていった。

そう、俺の店では当面の間、代金は物々交換制にしている。

この村には現金があまり流通していないようだし、俺としても生活必需品や食料の方がありがたい。

おかげで、カウンターの横には新鮮な野菜や果物、燻製肉などが山積みになっていた。


「次はあたしだよ! このフライパン、焦げ付いちゃって……」

「はいはい、お安い御用です」


カァン!


「表面にフッ素加工……じゃなくて、魔力コーティングをしておきました。油なしでも目玉焼きがスルッと滑りますよ。あと、熱伝導率を均一化したので、焼きムラもなくなります」

「あらやだ、鏡みたい! 自分の顔が映るわ!」


「次は俺だ! 屋根の雨漏りが……」

「今から行きますね!」


俺はハンマー片手に、客の家へ出張修理に向かう。

屋根に登り、破損箇所を一叩き。


カァン!


「瓦を強化プラスチック並みの強度に変質させておきました。あと、撥水加工もしたので、雨水が勝手に滑り落ちていきますよ」


午前中だけで、五十件近い依頼をこなしただろうか。

普通の鍛冶屋なら一ヶ月かかる仕事量を、俺は数時間で終わらせてしまった。

だが、疲労感は全くない。

むしろ、村人たちの「ありがとう!」「すげぇ!」という言葉を浴びるたびに、力が湧いてくるようだった。

【修理】スキルは、対象を直す際に俺自身の魔力も循環・活性化させる性質があるらしい。

直せば直すほど、俺の調子も上がっていく。


「ふぅ、少し休憩するか」


昼過ぎ、ようやく行列が途切れたところで、俺は一息ついた。

キッチンで、貰ったばかりのトマトを丸かじりする。

甘酸っぱい汁が口いっぱいに広がる。美味い。

勇者パーティにいた頃は、食事といえば固い保存食か、味のしないスープばかりだった。

こんなに新鮮な野菜を、太陽の下で笑いながら食べられるなんて、最高の贅沢だ。


「……あっちのみんなは、今頃どうしてるかな」


ふと、西の空を見上げる。

勇者ブレイド、賢者ソフィア、聖女アリア。

彼らの顔が脳裏をよぎるが、不思議と憎しみは薄れていた。

今の生活が充実しすぎているせいだろうか。

彼らが俺を追放してくれたおかげで、この幸せがある。

そう考えると、逆に感謝してもいいくらいだ。


「ま、せいぜい新しい装備で頑張ってくれよ」


俺はトマトの最後の一欠片を放り込むと、再び店先に戻った。

すると、そこには一人の男が立っていた。

昨日、村まで案内してくれた木こりのガンツさんだ。

だが、その表情はいつもの陽気なものではなく、どこか深刻そうだった。


「よう、ルーク。繁盛してるみたいだな」

「ガンツさん! いらっしゃいませ。昨日はありがとうございました」

「いやいや、礼を言うのはこっちだ。あの水車のおかげで、女房が作るパンが美味くなってなぁ。……ところで、ルーク。頼みがあるんだが」


ガンツさんは背負っていた大きな包みを下ろし、慎重に布を解いた。

中から現れたのは、巨大な戦斧(バトルアックス)のような、無骨な斧だった。

ただし、その刃はボロボロに欠け、柄には深い亀裂が入っている。

長年使い込まれた、歴戦の相棒といった風情だ。


「これは……商売道具ですね?」

「ああ。親父の代から使ってる愛用の斧だ。最近、森の奥に硬い木が増えてな……無理をして叩き切ってたら、こんなになっちまった。騙し騙し使ってたんだが、今朝ついにヒビが入っちまって」


ガンツさんは悔しそうに斧を撫でた。


「新しいのを買おうにも、街の武器屋じゃ高くて手が出ねぇ。それに、俺の手にはこいつが一番馴染むんだ。……ルーク、お前の腕を見込んで頼む。こいつを、直してくれねぇか?」


俺は斧を受け取り、観察した。

(……なるほど。素材はミスリル銀の含有鋼か。かなり良い鉄を使っている。だが、度重なる衝撃で内部疲労が限界だ。普通なら廃棄処分だが……)


俺の職人魂に火がついた。

ただの農具や日用品の修理も楽しいが、こういう「本職」の道具を直すのは、やはり格別だ。


「直せますよ。……いや、今まで以上に切れるようにしてみせます」

「本当か!? 金なら、へそくりを全部はたいても……」

「お金はいりませんよ。その代わり、今度森で面白い木を見つけたら教えてください。素材として欲しいので」

「そんなんでいいのか!? お安い御用だ!」


「じゃあ、始めますね。少し離れていてください」


俺は深呼吸をして、ハンマーを構えた。

これは、この店に来て初めての「本格的な武器(道具)修理」だ。

手加減なしで、最高の一振りに仕上げてやる。


   *   *   *


一方その頃。

俺がのどかな村でのんびり仕事をしていた時、勇者パーティはとある中規模都市の武器屋にいた。


「いらっしゃい! 何かお探しで?」


恰幅の良い店主が揉み手をしながら現れる。

勇者ブレイドは、不機嫌そうにカウンターに剣を置いた。


「代わりの剣を見繕ってくれ。この聖剣の調子が悪いんだ」

「ほう、聖剣とな……? うおっ、こりゃあ酷い!」


店主はグラン・ミストルを見るなり、顔をしかめた。

かつては白銀の輝きを放っていた刀身は、今やドス黒く変色し、無数の刃こぼれとサビに覆われている。

ルークが施していた「自己修復補助コーティング」と「魔力循環膜」が完全に剥がれ落ち、オリハルコンといえどもただの金属として劣化が進んでいたのだ。


「ここまで傷んでると、うちの工房じゃあ直せませんぜ。王都のドワーフ親方に頼んでも、元通りになるかどうか……」

「チッ、だから『代わりの剣』だと言ってるだろう! ここで一番いい剣を出せ!」


ブレイドが怒鳴ると、店主は慌てて奥から一振りの長剣を持ってきた。


「へい、これなんてどうでしょう。北の鉱山で採れた剛鉄(アダマンタイト)を使った業物です。切れ味抜群、ドラゴンだって一刀両断ですよ」


ブレイドはその剣を手に取った。

ズシリと重い。

バランスも悪くない。

見た目も装飾が施されていて派手だ。


「……フン、悪くないな。いくらだ?」

「金貨五百枚で」

「高いな! 足元を見ているのか?」

「いえいえ、適正価格ですよ。勇者様なら、これくらいの剣でないと」


ブレイドは舌打ちをしながら、パーティの共有資金が入った袋を取り出した。

中身を確認すると、かなり寂しい状態になっている。

ルークがいた頃は、装備の修理費や買い替え費用がほぼゼロだったため、資金繰りを気にしたことなどなかった。

しかし、ここ数日でポーションや使い捨てアイテムを乱用し、宿代や食事代も嵩んでいる。


「……ソフィア、金を出せ」

「ブレイド、もう残金が少ないです。これを買うと、王都までの食費が……」

「うるさい! 武器がなきゃ戦えないだろうが! 戦利品を売ればなんとかなる!」


結局、ブレイドはなけなしの金を叩いて新しい剣を購入した。

ついでに、アリアの杖とソフィアのローブも新調したが、どれもルークが調整していた頃の装備に比べれば、性能は数段落ちる「量産品」だった。


店を出た後、ブレイドは新しい剣を腰に差して、無理やり自分を納得させるように言った。


「見ろ、やっぱり金さえあればなんとかなるんだ。ルークなんていなくても、俺たちは最強装備を揃えられる」

「……そうですわね。この杖も、デザインは可愛いですし」

「魔力伝導率が以前の半分以下ですが……まあ、慣れればなんとかなるでしょう」


三人は互いに顔を見合わせず、空元気を出して歩き出した。

だが、彼らはすぐに知ることになる。

「市販の最強」と「ルークの調整済み」の間に、天と地ほどの差があることを。


次の戦闘で、ブレイドは自信満々に新しい剣を振るった。

相手は、以前なら一撃で倒せたはずのオーガ(食人鬼)。

しかし。


ガキィンッ!!


「なっ!?」


剣はオーガの皮膚を切り裂くどころか、浅く食い込んだところで止まってしまった。

ルークの調整した聖剣にあった「切断力強化」や「インパクト瞬間の硬化」といった隠しエンチャントがないため、純粋な腕力だけで斬らなければならなかったのだ。


「お、重い!? なんでこんなに振り抜きが悪いんだ!」


隙だらけになったブレイドに、オーガの棍棒が迫る。


「きゃあぁぁ! 回復魔法が間に合いませんわ!」

「詠唱速度が上がりません! 杖の反応が遅い!」


「クソッ、クソッ、クソッ!! なんでだ! 新品のはずだろうが!!」


ブレイドの叫びは、森の空しく響き渡るだけだった。

彼らがルークの偉大さを骨の髄まで理解し、後悔の涙を流す日は、もうそこまで迫っていた。


   *   *   *


カァンッ!!!


グリーンホロウの俺の店に、今日一番の甲高い音が響いた。

ガンツさんの斧の修理が完了したのだ。


「できましたよ、ガンツさん」


俺が差し出したのは、もはや以前の面影がないほどに生まれ変わった斧だった。

ボロボロだった刃は、青白く光る透明感のある刃へと再生され、柄には真っ赤な竜革(以前拾った素材の余り)が巻かれている。


「こ、これが……俺の斧か……?」


ガンツさんは震える手でそれを受け取った。

見た目だけではない。

手に持った瞬間、その軽さに驚愕した。

重量自体は変わっていないはずなのに、重心バランスが完璧に調整されているため、まるで羽毛のように軽く感じるのだ。


「素材の鉄に含まれていた不純物を全部抜いて、代わりに空気中のマナを練り込んで硬度を上げました。あと、刃先には『風の刃』が出るように溝を彫っておいたので、振るだけでカマイタチが発生して、離れた枝も切れると思います」


俺が説明すると、ガンツさんは呆然と斧を見つめ、そして庭にあった薪割り用の丸太に向かって、軽く斧を振り下ろした。


ヒュンッ。


風を切る音すらしなかった。

斧が丸太に触れた瞬間、丸太は何の抵抗もなく左右に分かれ、さらにその下の土台の石まで真っ二つに両断されていた。


「…………」


沈黙。

ガンツさんは自分の手と、両断された石を見比べ、そしてゆっくりと俺の方を向いた。


「ルーク……お前、とんでもないモンを作りやがったな……」

「え? やりすぎました?」

「やりすぎなんてもんじゃねぇ! これじゃあ木こりどころか、伝説の戦士になっちまうぞ!」


ガンツさんは豪快に笑い飛ばすと、俺の背中をバンバンと叩いた。


「気に入った! 最高だ! これで森の主だろうが何だろうが怖くねぇ! ありがとな、ルーク! 一生大事にするぜ!」


そう言って、ガンツさんは宝物のように斧を抱えて帰っていった。

その後ろ姿を見送りながら、俺は充実感に浸っていた。

自分の仕事が、誰かの自信になり、力になる。

これ以上の喜びがあるだろうか。


『なんでも修理屋ルーク』。

この看板を出して、本当によかった。

明日はどんな依頼が来るだろうか。

俺はワクワクしながら、夕暮れの空を見上げた。


その空の向こうで、勇者パーティがボロボロになりながら敗走していることなど、知る由もなかった。

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