【ラブコメ】『王子様なんていない、って言ってたのに。』〜不器用な幼馴染が隣にいた〜

マスターボヌール

第1話「恋愛が嫌いな理由」

桜庭翠は、恋愛が嫌いだ。


正確に言えば、「恋愛」という名の≪幻想≫が嫌いだ。


「運命の出会い」「心が通じ合う瞬間」「永遠の愛」——そんな言葉を聞くたびに、翠は心の中で舌打ちをする。


(嘘だ。全部、嘘だ。)


---


放課後の教室。


窓際の席で頬杖をつきながら、翠はスマホを眺めていた。


SNSのタイムラインには、クラスメイトの「彼氏とディズニー行った💕」「運命感じた✨」という投稿が流れてくる。


「……運命、ね」


翠は小さく鼻で笑った。


(お前らの『運命』、半年後には『最悪の元カレ』になってるよ。)


もちろん、声には出さない。出したら面倒だ。


---


「翠、また一人でスマホ見てんの?」


声をかけてきたのは、≪幼馴染の宮野隼人≫だった。


隼人は翠の前の席に逆向きに座り、いつものようにニヤニヤしている。


「うるさい。暇つぶし」


「お前さ、そうやって恋愛系の投稿見て心の中でバカにしてんだろ」


「……何で分かんの」


「15年の付き合いなめんな」


隼人は得意げに笑う。


翠は無表情でスマホを閉じた。


「気持ち悪い。読心術でもできんの?」


「いや、お前の顔に『バーカ』って書いてあった」


「書いてない」


「書いてたって。この辺に」


隼人が翠の額を指差す。


翠はその手を払い除けた。


「触んな。セクハラ」


「額はセクハラじゃねえだろ」


「私が不快ならセクハラ」


「お前の基準厳しすぎ」


軽口を叩き合いながら、翠は小さくため息をついた。


こいつとは15年の付き合いだ。


幼稚園からずっと一緒。小学校、中学校、そして今の高校。


腐れ縁という言葉がこれほど似合う関係もない。


---


「で、何見てたの?」


「……同級生の恋愛報告」


「ああ、田中と佐藤が付き合ったってやつ?」


「そう。『運命感じた』だって」


「お前、そういうの嫌いだよな」


「別に嫌いじゃない。『信じてないだけ』」


翠はそう言って、再びスマホを開いた。


隼人は何かを言いかけて、やめた。


≪——翠は気づいていなかった。≫


≪自分が「恋愛を信じない」と言いながら、隼人にだけは無防備でいることに≫


≪隼人といる時だけ、心を守る必要がないことに≫


---


翠の日常は、至ってシンプルだ。


朝起きて、学校に行って、授業を受けて、放課後は隼人と駄弁って、帰宅する。


恋愛ドラマのような劇的な展開は一切ない。


≪それでいい≫


劇的な展開なんて、現実には存在しない。


存在すると思い込んでいる人間が、勝手に傷ついて、勝手に絶望するだけだ。


---


「翠ちゃん、今日も毒舌キレキレだね〜」


昼休み、購買のパンをかじりながら声をかけてきたのは、≪親友の橘真央≫だった。


真央は翠と対照的な性格で、恋愛大好き、少女漫画大好き、王子様大好き。


なぜこの二人が親友なのか、翠自身もよく分からない。


「毒舌じゃない。事実を言ってるだけ」


「『運命の出会いなんて存在しない。存在するのは偶然と錯覚だけ』って、毒舌以外の何物でもないよ」


「真実は時に残酷なの」


「かっこつけてるけど、それ、ただのひねくれだよね?」


「ひねくれじゃない。≪現実主義≫」


真央は肩をすくめた。


「まあいいけどさ。でも翠ちゃん、いつか素敵な人に出会ったら変わるよ、きっと」


「変わらない」


「絶対変わる」


「絶対変わらない」


「100円賭ける?」


「安すぎ。賭けになってない」


「じゃあ1000円」


「……乗った」


翠は真央と握手した。


≪絶対に負けない自信がある≫


なぜなら、翠は知っているから。


「運命の出会い」なんて、ただの幻想だと。


「王子様」なんて、どこにも存在しないと。


---


≪——でも、翠はまだ知らなかった≫


≪自分の日常が、一人の「王子様」によって壊されることを≫


---


第1話 終


次回: 第2話「母の呪い」

翠が恋愛を信じなくなった理由——それは、9年前の記憶にあった。

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【ラブコメ】『王子様なんていない、って言ってたのに。』〜不器用な幼馴染が隣にいた〜 マスターボヌール @bonuruoboro

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