第4話 旧池内病院その1


「それでは! 今回我々が行く心霊スポットはこちら!」


 幽霊も散らしてしまいそうな明るさで桃先輩はホワイトボードを指さす。


「『旧池内病院』ですか。確かに俺でも聞いたことのある心霊スポットですね」

「三枝君にとってはオカ研で始めての活動だからね。無難なところを選んだよ。君の歓迎会も兼ねてね」


 廃病院で歓迎会なんて開かないでほしい。


「もう私たちで下見は済ませてあるからね~。床もまだ腐ってなかったし誰かがたむろしてる形跡もなかった。あとは現地で怖い廃墟マニアや警察に鉢合わせないようお祈りするだけ!」


 無難な心霊スポットと言うが判断基準は一体何なんだろうか。

 というか先輩に触れられればどこでもお化け屋敷になりそうだけども。

 その他、廃墟探索での注意事項をまとめて教えられる。

 長袖長ズボン、底の厚いスニーカー、マスクに軍手、ペンライト……。

 足りないものは買って帰るか。と、メモを取っていると部室の扉が勢いよく開いて白衣の男が入ってきた。


「いやー、ごめんごめん。会議長引いちゃってさ」

「村田先生遅いですよ。もうあらかた説明終わっちゃいました。あ、こちら新入部員の三枝くんです。三枝くん、この人はウチの顧問の村田先生」


 よろしくお願いします、と軽い挨拶をする。

 というより同好会なのに顧問がいるのか。いや、こんな同好会だからこそ顧問が必要なのかもしれない。


「よろしくね三枝くん、村田です。三年の物理学を受け持っていて、オカ研と科学部の顧問やってます。 君のことはアスミ君から聞いてるよ」


 オカルトと科学って対局じゃないか? てかアスミも誰だ。そんな知り合いはいないぞ。


「皆今日これから活動だよね? 時間には間に合うようにするから。僕この後科学部の方にも顔出さなきゃだからまたあとでね~」


 嵐のように去っていったな。


「先輩、あの人お化け信じてるんですか?」

「あの人もこちら側、異能持ちだ。僕たちと同じように幽霊も見えるよ」


 異能ってなんだ。

 広瀬先輩における強い霊感みたいなのがあの先生にも、桃先輩にもあるってことなのか。


「それじゃあ集合は今夜七時に呉服屋前のファストフード店で!」


 その一言で今日の集会は締めくくられた。ペンライトと軍手、買って帰らないと。


 ♦


「今から廃病院に行くのによくそんなガッツリ食べられますね……」


 Tシャツにジーパンの広瀬先輩が大口でハンバーガーに齧りつく。


「心霊スポットで呑気に晩御飯! なんてやってられないからね。そもそも心霊スポットで食事はオススメしないよ。生への未練が強い霊が食物に惹かれてやってくる」

「病院まで十分くらい歩くからね。いざって時に脇腹が痛くて走れないってことも無いと思うよ」


 ポテトを摘まむYシャツにスキニーパンツの桃先輩。顔が良いと何していても絵になる。

 隣にいる白衣姿の村田先生が非常にノイズではあるが。


「先生は普段からその恰好なんですか?」

「そうですね、僕もこの恰好が長すぎて白衣着てないと落ち着かないんですよ」


 村田先生は苦笑しているがどう見ても不審者すれすれな気がする。

 高校生三人連れているわけだし。

 そう思って周囲を見渡すが、案外と馴染んでいるようで誰も村田先生のことをちらちら見る人はいなかった。


 ♦


 その後、俺たちはファストフード店を後にして廃病院へと向かった。

 緩い傾斜の山道を四人で歩く。


「旧池内病院ですか……。病院って苦手なんですよね、前の職場を思い出してしまって」

「村田先生は以前大学病院で働いていてね。その時に神経細胞に流れる電気信号と伝達物質についての研究をしていたらしい」


 ふうん、さっぱり分からない。


「まあざっくり掻い摘んで説明すると肉体と精神の神経伝達にズレが大きく生じると生霊のように肉体と精神が分離してしまう、というような事を研究していましたね」


 なるほど、だからオカ研みたいな非科学的な部活の顧問をやっているのか。


「それが村田先生の異能にも関係あることだからね」

「というよりは僕のこの異能があったからこそシナプスの研究をしていたんですけどね」

「異能異能って……、知ってて当然みたいに言ってくれてますけど俺は先輩が霊感強いってことしか知らないんですよ。もし幽霊に追われてる時に説明されるよりは今してくれた方がいいんですけど」


 俺を挟んで訳の分からない会話を続けられるのはかなり不快だ。

 なので口にしてみたわけだが……。


「驚いた、広瀬君まだ説明してなかったんですか?」

「誰も彼も先生や桃みたいにすぐ理解できるわけじゃないですからね。あと三枝君の驚く顔が見てみたい」


 後半すごく聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。


「私の異能もまだ広瀬くんに口止めされてるんだー」

「教えてくださいよ。なんかすごい力で除霊出来る! みたいな能力だった場合俺のやること変わってきますよね」


 いや、しかし今回は引率の教師がいるからそもそも前みたいに暴力! 解決! にはならないのか。

 なんて考えていたのだが。


「異能について何か勘違いしているようですが……。説明しますね。まず、僕の異能は幽体離脱です。今みたいに身体から霊体だけを飛ばして活動出来ます」


 なるほど、幽体離脱。……ん? 今みたいに?


「先生は学校外では基本霊体だよ。霊感のない一般人にはそもそも認知されない。強めの霊感がある奴には分かるんだけどね」

「だからさっきの店で誰も先生のことを見てなかったんですね。あれ? 霊体ってことは除霊なんかは……?」

「僕は出来ませんよ。多少抑えるくらいなら可能です。ああ、僕への除霊ということだったら、元の身体に戻るだけ、ですね。昔はこの異能が嫌で色々試しましたから」

「三枝くんの考える異能と私達の持つ異能ってちょっと違うんだよね。私達の異能ってのは脳の一部に発生する異常によって普通の人には見えないモノが見えたりしちゃうんだよね」

「僕の霊感だってサイコシス――精神病によって見える幻覚、幻聴に過ぎない。それを身体に触れることでその電気信号を介し相手に見せているだけ。先生のはさっき話したように肉体と精神の神経伝達のズレが引き起こした一種の夢遊病のようなものだ、と言われている」

「そん、なことは――」

「ありえない、君も幽霊を見たから? だけど科学者に言わせれば僕を中心とした集団催眠による幻覚ということになる」

「……先輩達は、それで納得しているんですか?」

「していないよ。だから先生は自分の異能について研究したし、僕たちもこの異能についてより知るためにこういう心霊スポットの探索をしている。僕たちは皆自分の持つ異能が嫌いで消し去りたい人間の集まりなんだよ」


 随分と、想定していたより随分と重たい話を聞かされた。


「だから言っただろう? ゆっくりでいいんだ。少しづつ理解していけば」

「なんで俺なんですか。俺は今まで幽霊を見たこともないし先輩達みたいな異能もない」

「アスミが君を指名した。僕たちにとってはそれだけだ。だけど君は絶対に必要なピースだったんだ」


 また出たよ、アスミ。だけどもうこの時の僕にはこれ以上の情報を処理出来る気がしなかったので深く聞くのはやめにした。

 またちゃんと教えてくれる日を設けてくれるだろう。


「じゃあ次私の異能ねー!」


 ウキウキしながら説明を始めようとする桃先輩を手で制する。


「だから言ったろ? 皆が皆桃たちみたいにすぐ全部理解出来るわけじゃないって」


 カラカラと笑う広瀬先輩にちょっと不服そうな桃先輩。

 馬鹿にされてるみたいで癪だが、その通りなので何も言えない。

 てか頬を膨らませてる桃先輩可愛いな。


「ほら、着いたよ。 ここからが今日のメインだからね」


 そうだった、完全に失念していたそれは鬱蒼とした長い雑草に囲まれながらひっそりと建っていた。


 旧池内病院。

 その入口は誰かにこじ開けられたのか半分ほど開き、俺たちを誘っていた。

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2025年12月26日 19:00
2025年12月27日 19:00

俺の先輩は幽霊を喰える 神崎ばおすけ @Baosuke

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