第3話 オカルト研究部


 あれから数日、今日は金曜日だ。

 まだ初々しい新入生の俺は、本来であれば輝かしい高校生活に希望を抱きながら初めての授業を受けたりだとか、部活の見学を行ったりするのであろう……が、週の初めにいきなり幽霊殺しをさせられた俺の心境は非常に複雑である。


「そういえば小山、七不思議のもう一つはいつ探しに行くんだ?」

「え? あ、ああ。七不思議、ね。ちょっと俺は忙しくて無理かもな……。も、もう野球部に入部届出しちまったからさあ」


 なんて言って小山はさっさと教室を出て行った。

 完全に前回で参ってしまったようだ。あの翌日もかなりびくびくしながら登校はしていたが。

 溜息をつきながら俺も教室を後にする。

 俺も部活探さなきゃなあ……。


 ♦


 『特別教室棟 三階 西側突き当たり』


 先輩にもらったメモを頼りにその場所を探す。

 特別教室棟。理科室や音楽室など、ホームルームに使用するいつもの教室ではない教室が集められた校舎である。

 放課後にはその半数が文化部の活動教室になっているようだ。


「ってことは先輩は自分の部活動に俺を誘ってるのか?」


 なんて考えながら三階への階段を登り切り、辺りを見渡すが。

 ――――誰もいない。

 一階、二階には部活へ向かう生徒がちらほらいたのだが、三階はやけに静かだ。

 階下からは生徒たちの会話が聞こえてくるから静寂、というほどではないけれど。

 まあ深く考えても仕方がない、俺は西側の突き当たりの教室を目指す。

 そして目的の部屋にたどり着いたわけだが。


「『民俗学研究会』?」


 その教室……準備室? の扉にはそうプリントされた札が吊るしてあった。

 間違いじゃないんだろうな。そもそも民俗学? とやらに興味はないんだが。

 しかしもうここまで来てしまったからには腹をくくるしかない。

 別に強制入部させられる訳でもないんだろう。

 俺は覚悟を決めて扉を開ける。


「お、来た来た! こんにちはー!」


 ほんとに部屋間違えたか? と後ろを振り返る。


「待って待って! 三枝くんだよね!? 間違えてないから行かないでー!」


 ……しかし、俺の目にはアイドルかと思うようなショートカットの女子高生が映っているのだが。

 根暗そうな先輩が一人でポツンといるんじゃないのかよ。


「ふあぁ……。ん、来たか」


 と、当の本人は部屋の奥のソファーからムクリと起き上がる。


「よし、じゃあまずは各々自己紹介から始めようか」


 ♦


「僕は広瀬、三年で……って、三枝君はもう知ってるから軽くでいいよな。」

「次私ね~、名前は白桐桃。広瀬くんと同じ三年生! 一応ここの部長やってます! 桃って呼んでね!」

「って、広瀬先輩が部長じゃないんですか?」

「経理とか書類整理とか、桃の方が得意なんだよ」


 僕はあまり表に立ちたくないしね、と言いながらソファーに深く腰をかける。


「最後は俺ですね、三枝翼って言います。一年で――――」


 こちらも軽く自己紹介を済ませ、真っ先に気になることを聞く。


「で、この民俗学研究会って何ですか? 聞いたこともないんですが」


 部活ではないようだから入学式の部活紹介にいなかったのは当然として廊下の掲示板に貼られている勧誘コーナーでも見かけた記憶はない。


「民族学ってのはざっくり言うと文化とか習慣、伝承なんかを調べる学問だね。でもこの集まりは正しくは民俗学研究会じゃないんだよ」


 うん? どういうことだろう。

 と首をかしげていると、


「ここは別名オカルト研究部。七不思議の一つに噂される『存在しないオカルト研究部』だよ」


 なるほど、部活動、もしくは同好会としても認可されていないから『存在しない』なのか。

 いや、だとしてもやはり他のと比べてインパクトが小さいのではないだろうか。


「だってその噂流したの僕だもん」


 どっかのAI開発者みたいな事を言い出した先輩は一旦無視しておく。


「ちょっと話聞いただけですけど、俺あまり民俗学とかオカルトとか興味沸かないんですけど……」


 いや、ちっとも興味ないわけじゃないが。神話とか、男子なら誰だって好きだろうし。

 けどそれを部活に入って黙々と調べるってのはなあ。


「嘘!? どうするの広瀬くん! てっきりもう入るものだと思ってたんだけど!」

「よし、桃が色目使えば一発だ」


 なにやら言い合っているし全部聞こえてるんだけど。

 どうやら俺がこの部活に入らないと困るらしい。

 いや、正確には部活じゃないからこそか。


「まあ他に入りたいとこもないんでいいですよ。ただし残りの二人は先輩達で見つけてくださいね」


 別に会わなければ退部すればいいだけだしな。

 それに確か部活動として認可されるには五人以上の人員が必要だったはず。

 なんとかして部員を二人見つけてもらえば俺も後腐れなく退部出来る。

 ……今の俺は紹介したくともそんな知り合いはいないのも事実だが。

 小山は入りたがらないだろうし、他のクラスの奴もまだぎこちなく話すくらいの距離感だ。

 原因は俺じゃない、よな。まだ入学してすぐなんだし。


「よし、桃。なんでか分からないけど入ってくれたぞ」

「うう~ん?」


向こうは向こうで何か納得していないが、入ると決めた以上俺もやれることはやろう。


「それで、活動内容教えてもらえますか? そもそもオカ研って何するんです?」

「まあ、いっか。活動内容はね~、隔週で心霊スポット巡りをします!」


 これまた随分とゆるい。他の日は全部フリーなんだろうか。


「まあ基本的に活動するのは金曜だけだね。心霊スポットに行かない日はそういった場所の情報調べたり、ロケハンに行ったりするよ」


 そういう廃墟は不良が溜まってないかだとか、建物の安全性を確認しないといけないらしい。


「でもそれって不法侵入に当たらないんですか?」

「見つかんなきゃモーマンタイだよ」


 適当なことしか言わない方の先輩は黙ってて欲しい。なんて思ってると白桐先輩も頷いてるし。

 本当に大丈夫かこの部活……。


「今日は自己紹介だけの予定だったからね、来週からはちゃんと活動するよ!」

「次の心霊スポットはもう目星つけてあるからね。 大船にのったつもりでいたまえ」


 その船本当に大丈夫なんだろうか。

 前回だって体育教師を俺が踏みつぶしただけで先輩は影で見てただけじゃないか。

 

「そう睨むなって。大丈夫、次はちゃんと説明するから」


 何も大丈夫じゃなさそうだ……。


 ♦


「……で、なんで仲良く下校してるんですか」

「いいじゃないか、親睦を深める時間は大切だろう?」

「そうそう、特に広瀬くんのことはよく聞いといた方がいいよ?」


 広瀬先輩のこと。前回はぐらかされたが、そんな勿体ぶるような内容なんだろうか?


「僕はね、死んだ人が見えるんだ」

「第六感が強いんですね」

「あはは……。広瀬くんはふざけてるけど第六感、というより霊感がすごく強いんだよ」


 第六感と霊感って同じじゃないのか?

 そもそもこういうのは全然分からない。

 多分事前に本物の幽霊を見てないと鼻で笑っていただろう。


「第六感はいわゆる勘だと思ってくれていいよ。もちろん広瀬くんは第六感もかなり強い方だけどそれ以上に霊感が強い。霊を見たり、霊の音を聞いたりは勿論匂いも分かるし触れもする」

「試したことはないけど多分味も分かるよ。要するに五感全てで幽霊を感じることができる」

「……ちょっと待ってください。幽霊が触れるって、俺もこないだ幽霊を蹴りましたけど」

「それも広瀬くんがいたからだね。彼の強すぎる霊感は彼の意思で周囲の人間にまで影響する。広瀬くん、ちょっと三枝くんにも見えるように出来る?」


 広瀬先輩は軽く首肯すると俺の背に手を置く。

 すると俺の視界がだんだんとぼやけてくる……、いや違う、周囲に人が増えてくる!


「せ、先輩! これって!」

「これが広瀬くんが見てる世界、とまではいかないけどね。制服着てるの以外は全部幽霊だよ」


 下校する生徒に混じって異常なほど血の気のない表情の人間、いや幽霊がいる。


「先輩よくこんな中歩けますね……」

「僕に見えてるのは君たちの九割増しくらいだろうけどね。必要以上に怖がらないほうがいいよ、害意もないし」


 しれっととんでもないことを言った気がする。

 これで一割? 今見えているのでも幽霊のバーゲンセールかと思ったのに。

 そして先輩が俺から手を離すと周囲からスッと霊が消える。


 「私も霊感あるけど広瀬くんほどじゃないんだよね。多分今三枝くんが見た内のいくつかが黒い靄として見えてるくらい」

「それでもすごいですよ。先輩の手が離れたら俺は何も見えなくなりました」


 「……すごいことじゃない」


 少し悲しそうな顔をした先輩はそれだけ言い残して以前の分かれ道を去っていった。


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