第2話 血みどろ体育教師


 広瀬先輩がいつの間にか気絶していた小山を引きずりながら物陰に身を潜める。

 それを後目に俺は体育教師と対峙する。

 どうしてこうなった。

 ……改めて見ると相当グロいな。

 頭部が半分ないのは勿論、だらしなく開いた口からは「ウ、ヴ……ヴヴ……」と血と唾液が混ざったような泡が溢れている。 裂けた腹からは見た目では判別不可能な臓器が覗き、絶えることなく血液を溢れさせている。

 こいつに比べたら走る人体模型なんて可愛いもんだろ。

 なんて虚勢を張ってみるがあまりにも現実離れした外見に足が竦む。


「ゾンビみたいなものだと思っておもいっきり殴ればいいから!」


 後ろから無責任な野次が飛ぶ。

 幽霊見た経験もなければゾンビ殴った経験もないんですが。 そもそも殴るったってどこ殴ればいいんだよ。 幽霊に物理攻撃が効くのか?

 しかし相手は一歩ずつ確実にこちらに近づいてくる。 俺は仕方なくファイティングポーズを取る。

 

 体育教師との距離、五メートル……三メートル……一メートル! 俺は体育教師の右側頭部に上段蹴りを見舞う。 ドチャッという音がして体育教師は吹っ飛ぶ。

 すぐさま追撃に向かうが、


「三枝君!伏せろ!」

「うおっ……と!」


 とっさに下げた頭の上を花瓶が飛ぶ。ガシャン! と後方で大きな音がする。 俺は前傾姿勢のまま転がるようにのろい動きで起き上がろうとする体育教師の傍まで走り寄り、首元を力の限り踏みつける。


「――――ッ!」


 一度、二度、三度。

 ――バキッ! という音が血と肉を踏みつける音に交じり聞こえたかと思うと体育教師はその場で力なく倒れ伏した。



「お見事~」


 呑気に拍手しながら出てくる先輩を睨みつける。

 結局この人は何もしていないじゃないか。 俺の新品だった上履きは今血みどろなんだ、これは誰が弁償してくれるんだよ。 そう思い目線を下げるが、


「あれ?」


 俺の目には綺麗なままの上履きが映る。


「結局は幽霊だからね、成仏しちゃえば影も形も残らない。 まあ、ポルターガイストで飛ばされたあっちはそのままだけど……」


 目線の先には壁に当たって砕け散った花瓶。 俺は知らんぞ。


「あとは帰りながら話そうか」

「……先輩は一体何者なんですか」


 これだけの事があったのに未だあっけらかんと話しているこの人も、十分化け物じみている。


「そのことについては……ま、近いうちに分かるよ」


 そう言い、先輩はニッと笑った。


 ♦


 小山を担ぎ直し、スマホで時刻を確認する。

 二十二時、濃い時間を過ごしたせいか、もっと経っていると思ったが。

 侵入する時に使った窓は、さっきまでの出来事が嘘のようにすんなりと開いた。

 全部の窓が一斉に錆びついた、とかではなくてほっとする。


「それで……先輩のこと、は今は聞けないんですよね。 じゃああの体育教師はなんですか」

「あいつはね、三枝君も感じたように幽霊だよ。 だけど体育教師じゃない。 この学校で体育教師が死んだなんてことは起きてないからね」


 「体育教師じゃない……?」


 「そ、校内でジャージを着ていたから体育教師と判断されていただけ。これを見てみなよ」


 先輩がポケットから取り出したのは新聞の切り抜き。 街頭の下でよく見せてもらう。


 『六十歳男性宅から三十六歳の息子の遺体を発見。 引きこもりの息子に腹を立てたか――』


 「ここには書いてないけれど、ニュースではこの息子は学校に忍び込んで盗みなんかもやっていたらしい。 これは十年前の記事、それに遺体が見つかったのは殺されてからそこそこ時間が経っているはずだからね。 七不思議として確立されるには充分な年数が経過している」


 なるほど、確かに引きこもりもジャージのイメージはあるか。 偏見ではあるのだろうけれど。

 記事には息子と父親の顔写真が載っており、息子の方はさっきの幽霊と似ている気がする。

 顔は半分しか残っていなかったので結局曖昧ではあるが。


「本来であれば危険な霊にはならないんだけどね、七不思議として噂されることで少々強力になってしまった。 いやほんと、三枝君がいて良かったよ、空手とか習っていたのかい?」

「……独学ですよ。 それにしても幽霊って殴れるんですね、知りませんでしたよ」

「ああ、いや、今回が特別と思ってくれ。 くれぐれも心霊スポットにのりこんで暴れまわるなんてのはやめてくれよ」


言われなくてもそんなヤンキーみたいな真似はしないけれど。


「今回が特別?」

「そう、詳しく知りたかったら金曜日の放課後にここに来るといい」


 そう言って先輩は一枚のメモを渡してきた。


 『特別教室棟 三階 西側突き当たり』


「っと、ここまでかな。 それじゃ、僕はこっちだから」


 そう言い残し、ひらひらと手を振りながら先輩は去っていった。そして残ったのは――。


「おい、いい加減起きろ」

「んぇ?」


 なんの役にも立たなかった、むしろ文字通り足を引っ張っただけの小山を叩き起こす。

 まだ終電には間に合う。 俺の家はすぐそこだが泊める用意なんてないし明日も学校だ。

 ……そもそも月曜に決行するの自体間違いだろう。

 泣きながら駅まででいいからついてきてくれと懇願する小山を無理やり送り出し俺も帰路に着く。


 友人に唆され、深夜の学校に忍び込み、変人の先輩に目を付けられた。

 生まれて初めて幽霊を見たし、それを物理で成仏させた。


「まだ高校に入って一週間なんだよ……」


 これまでの人生をたった一日で塗りつぶすほどの強烈な出来事を思い出しながら独り言ちる。


 ――だがこれは、俺の高校生活における、違うな。 人生における最も濃い一年間の始まりだったのだ。


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