俺の先輩は幽霊を喰える
神崎ばおすけ
第1話 謎の先輩
四月十一日。入学式を終え、まだ着慣れない学ランに身を包んだ僕がいるのは深夜の学校。
何故こんな状況になってしまったのか、それは今日の昼休みに遡る。
♦
「なあ三枝、この学校の七不思議知ってるか?」
昼食を食べ終えた後、前の席に座る小山が声をかけてきた。
「七不思議って……いや、まだ入学して一週間だぞ? そもそもそういうのは何ヵ月かしてから話題にする事だろ」
「そうなんだけどよ、俺の中学の時の先輩がここの生徒でさ。 金曜にたまたま会って挨拶した時に先輩から聞かされたんだよ」
曰く、この学校の七不思議は二つだけ変わっているらしい。
「二つだけ? 他の五つは無難な、よく聞く七不思議って事?」
「そうそう、『トイレの花子さん』、『動く人体模型』、『音楽室の喋る肖像画』、『十三階段』、『体育館でひとりでに動くバスケットボール』……だったかな?」
「お手本みたいな七不思議だな...そもそも高校で七不思議ってあまり聞かない気もするけれど。 ああ、『歩く二宮金次郎像』が無いのは高校には二宮金次郎像がないからか」
「あー、そうかもな。 でだ、その妙な二つの七不思議、知りたくねぇ?」
ぶっちゃけここまで聞かされて興味を持たないヤツなんていないだろ、と思いながら俺は小山をせっつく。
「わーかったよ、最後の二つは『三年の教室前を彷徨う血塗れの体育教師』と『存在しないオカルト研究部』だ」
♦
ということで今に至る。 別に深夜の学校じゃなくてもいいんじゃないのか? と小山に尋ねると「びびってんの?」と茶化されたので軽く叩く。
「いってえよ! いや、血塗れの体育教師は深夜にしかいねえんだと」
「まあ昼間から徘徊されても迷惑だけど……そうじゃなくて、別に放課後にそのオカ研からでもよかったんじゃないかって話」
「んー、でも俺らまだ学校の地図すら頭に入ってねえじゃん? そんな状態で探しても見つかんねえでしょ」
それを言っちゃそんな状態で深夜の学校を探索する方が危険だと思うが。
ちなみに制服を着ているのは万が一誰かに見つかった際に忘れ物を取りに来た、というありがちな言い訳を使う為である。
不審者と勘違いされて追い回されるのだけは勘弁したいからな。
なんて、たわいない事を喋りつつ、スマホのライトを頼りに俺たちは三年の教室前に到着した。
「今はまだいないみたいだな……」
廊下の角から半分だけ顔を出し確認する。 幸いにも血塗れの男は見当たらなかった。
「じゃあとりあえずそこの教室で待機するか」
三年一組、と表記された教室で息を潜める。
廊下側の窓はすりガラスなので少しだけ開け、向こう側の様子を確認出来るようにしておいた。
とりあえず何か起きるまで待機か、と椅子に腰掛け一息つく――、
やあ、こんばんは。
聞きなれない声に思わず飛び退く。
一緒に飛んできた小山にも聞こえるのでは、というくらいに心臓が大きく速く脈打つ。
「おいおい大げさだな、僕は君たちが来るより前からここにいたってのに」
そう口にした男は――、
「ふ、不審者!?」
「いや、違うよ! ここの生徒! 君たちもそうだろ?」
そう言いながら彼は財布を取り出し、中の学生証を見せてきた。
暗くて読みにくい……。
「広瀬と言う。 で、君たちは?」
「い、一年の三枝です。 こっちは同じクラスの小山です」
いまだ腰が抜けている小山に代わって答えてやる。 どこのどいつだ、びびってると煽ってきたのは!
「ふぅん、よろしくね。 改めて、三年の広瀬だ」
ニヤ、と口元を歪めて挨拶をする広瀬先輩の隣で、俺の耳は妙な音を捉えた。
ヒタ……ズル…………ヒタ……ベトッ…………
「こ、今度はなんだよっ!」
どうやらその奇妙な音は小山の耳にも届いたらしい。
「しーっ、ようやく来たみたいだね、本命の登場だよ」
何かを引きずりながら歩くように聞こえるその音がするのは廊下の右側、つまり三年六組の方からだ。
その音はゆっくりと、しかし着実にこちら側へと近づいている。
全身に寒気が走り、ピリピリと怖気が肌を突き刺す。
「これがこの学校の七不思議、『三年の教室前を彷徨う血塗れの体育教師』だよ」
小山は腰が抜けたまま、俺の右足に縋っている。
邪魔だよ、そんなに怖がりならなんでこんな提案したんだ。
強引に右足を振るい、半泣きの小山を引きはがす。
おいおい、ズボン汚してないだろうな、新品なんだぞ。
「ところで三枝君は幽霊とか信じてるのかい?」
人のこと言えないがこの人も緊張感薄いな……。
「いえ、まだこの目で見たことないので信じてないですね。 もうすぐ信じそうですが」
まだ不審者の線もあるからな、しかしこうやって悠長にお喋りしていていいのかと思うほど音は近づいている。
ズル、ル…………ヒタ……ズル、ベチャッ……
息を殺す。教室の後ろのドアに、そいつの影が映る。
一歩……また一歩……と随分ゆっくりなそいつのシルエットは俺達の背後から照らす薄暗い月明りのせいであまりよくは分からない。
そのままそいつはすりガラスの窓の隙間を通り過ぎる――、
「あ、あああああああ‼」
その瞬間、小山が叫んだ。
「あ、あ、頭が……!」
そう、そいつは頭部ぼ左半分がえぐれていたのだ。
薄っすら透けて廊下の向こうが見えるそいつは、頭蓋の中の赤黒い血が薄明りに照らされ、ギラギラと反射している。
しかしまずい、小山のせいでばれてしまった。
そいつは今までの動きが嘘のように素早くこちらを振り向き、残っていた右目で睨みつける。
「……ッ! 広瀬先輩! 何も無しでここにいるんじゃないんですよね!」
「いや? 僕は手ぶらだけど。 それよりそっちの……大山君、だっけ? その子担いで。 逃げるよ」
平然と丸腰宣言をする先輩に唖然とする。
口ぶり的にこいつが出ることは分かっていたようなのに、ただ一人でこの教室で待ってたってのか? とんでもない変人だ!
だが今はそうも言ってられない。
まだ漏らしてはいない小山を小脇に抱え、教室の前方へと駆け出す。
ここは三階、流石に人一人抱えて飛び降りられる高さじゃない。
階段はすぐそこ、後ろをちらりと確認すると、片足を引きずりながら僕らを追いかけてくるジャージ姿の体育教師。
「この階段を降りて正面右の昇降口横の窓だ!」
俺達が入ってきた窓に向かって一目散に走る。 この際上履きを履き替えている時間なんてない――、しかし。
「開かないね」
ガチャガチャと窓を揺する先輩。
確かに俺たちはここから入ってきたはずなのに、誰かが閉めたのだろうか。
「って先輩、こっちが内側なんだから閉まってたって開けられるでしょう!」
そういいつつ、クレセント錠に手をかけるが、
「だからね、開かないんだよ。 鍵が閉まってる訳じゃない。 まいったな、僕もここから入ってきたんだけど」
そんなこと言ってる場合じゃない、他の窓から脱出を、と思い隣へ移るが結果は同じだった。
鍵は開くが窓はどれもガチャガチャと音を鳴らすばかり。
――この際、器物破損なんて言ってられない。
俺は小山を一度下ろし、思いっきり窓を殴りつける。
ガァン!!!!
しかし窓ガラスは割れなかった。 ヒビすら入っていない。
「なんで防弾ガラスなんだよ!」
「いや、そういうわけじゃないと思うけど……っと、どうやら逃げられないみたいだね」
視線をさっき降りてきた階段に移すと、血塗れのあいつがゆっくりと降りてきている。
片足だってのに器用なことで。
少しイライラしながら何かないのかと先輩の方を見る。
「さてと、じゃあそろそろ迎撃しようか」
そう言いながら先輩は僕の肩に手を置く。
「頑張って!」
――――はい?
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