第3話 氷vs炎

 その日はとても重要な日だった。我らが祖国、ソビエト連邦の研究を完成に導く、最後のパーツをアメリカから引き取る日だった。

 

 我々は引き取りのために、教義に教義を重ね、何度も計画の確認をした。アメリカなどという敵国との取引には、上層部からの反発もすごかった。しかし、我々はそのパーツの存在が、我らが祖国ソビエト連邦を世界一の国家へと導くと信じ、結果的に二年間の研究費用を投じて、このパーツを手に入れた。しかし...


「何だ、この状況は」


 アメリカ側がパーツを置いたと言った場所に来てみれば、そこにあった景色は、燃える木に手をかざして温まっているパーツと、壊れた檻、そして地面に捨てられて手枷だった。


「Well, look who finally decided to come.(お、ようやく来たか)」


 パーツは我々に気づいたのか、こちらを振り返ってそう言った。手は火にかざしたままで、パーツが油断していることがわかる。しかし、


「全員、警戒態勢。散開し、パーツを取り囲め。何が何でも逃がすんじゃないぞ」


 私は20人ほどの部下たちにそう言った。アメリカ側がパーツの管理を怠ったとは考えにくい。となると、なにかトラブルが起きたのだ。パーツが暴走したのか、それとも他の不備があったのか...。


「イワン、戦闘態勢をとれ。魔法の使用を許可する。合図に合わせろ」


 横の鎖に繋がれた少年に、私はそう言う。彼は、暗い目をパーツに向けながら、小さく頷いた。


 私は、腰につけていた銃を抜きながら、パーツを睨みつける。パーツも、自分の置かれている状況に気がついたのか、立ち上がると、私達に向かってたった。


 しばしの静寂のあと、私は部下に向かって命令を出す。


「捕獲!」


 その声に合わせ、部下たちが一斉にパーツに飛びかかった。しかし、


ドスッ


 そう鈍い音がしたあと、私の目に映ったのは、部下たちがパーツの足元で倒れている姿だった。


 このままではまずい。そう判断した私は、イワンに魔法を使うように、指示を出そうとする。


「イワン、魔法を許可――」


 しかし、私の意識はそれを言い切る前に途切れてしまった。





「それにしても、骨のない奴らだったな」


 ディーンは、倒れたソ連の研究員たちを見下ろしながら、そう言った。もう少し、手こずるのかと思っていたのに、まさか魔力弾だけで片付くとは。


「にしても、これアイツラが起きるのを待たないといけないのか...起きても、俺あいつらの言葉わからないし、どうやって交渉しよう...」


 ディーンは、無計画に全員を気絶させてしまったことを、少し後悔した。ただ、待つほかに方法がないと思い、木の上に腰を下ろそうとした、その時。


「おいおい、マジかよ」


 ディーンは信じられないものを見た。


「お前には、特に強いヤツを打ち込んだはずだぜ。しかも頭に。一日は起き上がれないと思ってたんだけど...」


 ディーンが目にしたのは、イワンと呼ばれていた少年がゆっくりと立ち上がるところだった。


「魔力弾が着弾する寸前、被弾するところに思いっきり魔力を込めた...それでもかなり痛かったけれど...」


 その少年はディーンに向かってそう言った。年はディーンと同じくらいだろうか。しかし、子供とは思えない暗い目が、異質さをだしていた。


「お前、英語できるのか!いやー、助かったよ。俺、ソ連の言葉わかんないからさ」


 イワンからでてくる流暢な英語に、ディーンはそう喜びの声を上げる。しかし、


ズドーンッ


 凄まじい爆音が響いたと思えば、ディーンは衝撃で木から落ちた雪に、頭だけを出して埋まっていた。


「なに、その威力...」


 ディーンは、雪から這い出ながら、そう言う。銃弾をも防ぐ防御魔法が三枚も破られた。魔法に自信のあるディーンでも、そこまでの威力は出せない。

 

 しかし、魔法を撃った本人は別のことに驚いているようだった。


「何だ、その魔法は...そんなもの、見たことない...」


 イワンは、ディーンの使った防御魔法に驚いているようだった。


「それ、お前が言うのかよ?」


 呆れた顔をしながら、ディーンは残ったヒビの入った防御魔法を解除する。


「まあいいや。この勝負で勝ったら、俺の通訳よろしくな」


 ディーンはそう言うと、右手をイワンに向けてかざし、炎の魔法を発動する。風魔術8つから生まれるその魔法は、先程ディーンが使った火よりも、十倍は大きいであろう炎を生み出した。


「なぜ僕が...まあいい。僕は命令に従ってお前を無力化する」


 イワンも腰を低くし、左手を前に出して構えの体勢をとる。


「行くぞ!」


 その瞬間、ディーンの炎がイワンを一瞬のうちに飲み込んだ。

 荒れ狂う炎は周囲の雪を溶かし、周囲の木々までもを焼き尽くす。一瞬のうちに、森はオレンジ色の光で染まった。


 イワンは真っ黒に焦げてしまった...ように見えた。しかし、


ボンッ!


 突然、炎の中からそう爆発音がしたと思うと、急に湯気がでてきて、ディーンの視界を遮った。


「うわ、何だよこれ!」


 驚くディーンをよそに、湯気はどんどん大きくなり、やがて炎をすべて包み込んでしまった。そして...


パキ...パキ......


 湯気が晴れたとき、そこに現れたのは、傷一つついていないイワンと、炎の形で固まった氷像だった。


「魔法で氷なんて作れんのか!後で絶対に教えろよ!」


 ディーンは新しい魔法に興奮しながらも、新たな炎をイワンに向かって放つ。今度は矢のように細く、威力も上がっている。


 イワンは避けられないことを悟ると、自らも氷の矢を作る。そして、ディーンに向かって放った。


ドーンッ!


 空中でぶつかった2つの矢は、衝突したと同時に、凄まじい衝撃波を放った。森の中を風が吹き荒れ、ディーンとイワンは互いに離れるようにして吹き飛ばされた。


 ディーンは受け身を取りながら、さらに炎の矢を放つ。イワンはそれを氷の盾で防ぎつつ、自分も攻撃しようと、新たな氷の矢を練り始める。


「おっと。その矢は打たせないぜ!」


 氷の矢に気がついたディーンは、ガトリングガンのように炎の矢を打つことで、それを阻止しようとする。


「ちっ」


 イワンは氷の盾で応戦しようとしたが、あまりの物量にさばききれない。仕方なく、作りかけの氷の矢を犠牲にして、その場から離れた。


 あらためて向き合った2人は、今度は互いに炎と氷の魔法をぶつけ合う。大雑把、しかし最大限の威力が込められた2つの魔法は、中間でちょうどせめぎあった。


 熱と冷気で、湯気が生まれる。森は白く染まった。


「うおおおおおおおお!」


 魔法同士の押し合い。拮抗していたように見えた両者だったが、ディーンが気迫で押し始め、やがて...


ズドーンッ!


 2つの魔法は、本日三回目の大爆発を起こすと、森は濃い湯気で覆われ、何も見えなくなった。

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魔法使い黎明期 ―魔法を造った少年の物語― HAL @HAL8683

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