第5話

「……思った以上に、山って安いな」


自宅のパソコンの前で俺は不動産サイトを眺めていた。


山林専門の不動産業者。

地方自治体が管理する未利用地。

個人が手放した相続物件。


条件は明確だ人がほとんど来ない。


車で最低限アクセス可能

渓流がある

ある程度の広さ

近隣住民が少ない

逆に電気・水道・通信環境は最初から期待しない。


「どうせ自前で何とかする」


候補は自然と山間部に集中した。


東北。

中部山岳地帯。

四国山地。

九州の山奥。


その中でひとつの物件が目に留まる。


条件の揃った山、場所は中部地方の山間部。


最寄りの集落まで車で四十分。

そこからさらに林道を三十分。


携帯電波は入らない。


だが――

敷地内を流れる細い渓流。

上流に人家はなく、水質は極めて良好。


面積は約五十ヘクタール。

山ひとつ分と言っていい。


価格は信じられないほど安かった。


「……固定資産税もほぼゼロだな、これ」


理由は単純。

利用価値が低い、売れる見込みがない、管理が大変。


一般人にとっては“負債”。

だが俺にとっては理想郷だった。


翌日、レンタカーで現地へ向かう。


舗装路が終わり、未舗装の林道に入る。

何度も「この先通行止め」の看板を無視した。


「……確かに人は来ないな」


車を降りると耳に入るのは、風と水の音だけ。

ここは“十分にダンジョン向き”だった。


《魔術の極み》で地形を把握し、地下の状態を探る。


「問題なし」


地盤は安定、地下に大空間を作る余地もある。


仲介業者とのやり取りは驚くほどあっさりしていた。


「山林ですし……、現金一括ですか?」


「はい」


それだけで話は終わる。


書類、登記、税金、すべてプロに任せた。


「税理士と司法書士、両方雇って正解だな」


数日後。


正式にその山は藤堂遥斗名義の私有地になった。


所有者として山の入口に立ち俺は一度周囲を見渡す。


誰もいない、誰にも邪魔されない。


ここなら――

ダンジョンを作っても最初は誰にも気づかれない。


「……よし」


次にやることは決まっている。

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