えっち検出ちゃんねる
@GHQmon
えっち検出ちゃんねる
沖縄の修学旅行海沿いの崖に建つ古い旅館は、遠くで波が砕ける音がぼんやりと響き、湿った風が窓を軽く鳴らしていた。
どこか不気味で、でもそれが逆に思春期の男子たちのワクワクを煽るような雰囲気だった。荷物をドサッと放り投げて一息ついた頃、クラスのムードメーカー・佐藤がベッドの端に腰掛けたまま、ニヤァッと目を細めて口を開いた。
「なぁ、ここの旅館の都市伝説……知ってるかぁ?」声に含みを持たせて、わざと周りを見回す。部屋がピタリと静まり、みんなの視線が佐藤に集中した。
寝転がっていた山岡は、いつもの真面目で無表情なポーカーフェイスを崩さず、スマホをスッとポケットにしまい、ゆっくり肘をついて体を起こした。
「何だよ?」――低く、感情の読めない声。佐藤は声をひそめ、ますますニヤニヤを深くしながら、ちょっと得意げに身を乗り出した。
「この旅館のテレビにさぁ……『えっち検出チャンネル』ってのがあるらしいぜ」部屋の隅から、眉毛の太いメガネの鈴木が、ぽかんとした顔で聞き返した。
「は? 今なんて?」佐藤はクスクス笑いを漏らしながら、わざと大げさに両手を広げて繰り返した。
「だから、えっち検出ちゃんねるだって! なんでもチャンネル合わせたら、旅館の近くで今一番えっちなことが起きてる映像が、自動で映るんだってよ……」その言葉に、部屋中が一瞬凍りついたような静寂に包まれ――次の瞬間、爆発的な笑いとどよめきが巻き起こった。
「マジかよおお!!」「嘘だろおい!」「試そうぜ試そうぜ試そうぜ!!」
リモコンを奪い合う手が何本も伸び、佐藤が勝ち取ってテレビの電源をガチャッと入れる。チャンネルをジャカジャカ回すと――確かにあった。
薄いピンクの背景に、ふわふわしたフォントで「えっち検出チャンネル」。
みんなが息を呑む。次の瞬間、画面に冷たく表示される。
『本チャンネルは有料です。プリペイドカードを挿入してください』
「うわ、マジかよ有料かぁ……!」佐藤が大げさに肩を落とす。
「自販機に売ってたよな!? 行こうぜ行こうぜ!」ドタドタドタ――廊下に飛び出し、探すこと数分。自販機は見つかったが、プリペイドカードのボタンはすべて「売り切れ」の赤いランプ。
「くそー、ないのかよぉ……!」みんながガックリ項垂れて部屋に戻る。
すると、部屋の隅でずっとスマホをいじっていた西川――医者の息子で、いつもちょっと上から目線のオタク――が、ぼそぼそと小さな声で呟いた。
「……俺、これ持ってきちゃった……」みんなが振り向く。「ん? 何だよ?」西川は完全に話の流れを無視して、自分の世界にどっぷり浸かり、目をキラキラさせてニコニコしながらカードを掲げた。
「プーギオーカードの超レア、SSR《魅惑の夜巫女アカネ》……限定プロモ版だよ……ふふふ……このイラストは超有名アーティストとのコラボでさ、希少価値が高いんだよね……」
その瞬間、山岡が、無言でスッと手を伸ばし、西川の手からカードをサッと奪い取った。何を考えているかわからない、真面目で無表情な顔のまま。西川が「えっ……!?」と目を丸くする間もなく、山岡は淡々とテレビのスロットにガチャッと挿入。
みんなが「おい……」「え?」と固まる中、画面が切り替わる。
『認証完了。視聴可能です』
「…………マジかよおおおお!!!」「通ったあああ!!」「山岡すげぇぇぇ!!」
西川は奪われたカードを呆然と見つめ、ぽつりと「……俺のカード……」と呟いたが、誰も聞いてない。しかし画面は真っ暗。
「映らねぇじゃん……」
時計を見ると、まだ夕方六時前。佐藤が頭をガシガシ掻いて大笑い。「そりゃそうだろ! 今の時間にえっちなことしてるやつなんかいねぇよバーカ!」
「夜まで待つか」「夜にまたやろうぜ!」
――夜の9時過ぎ。風呂上がりの男子たちが再び集まる。残ったのは佐藤、山岡、西川、眉毛の太いメガネの鈴木、それに数人。田中はさっき、前髪をうざったく長く垂らしたニヒルな顔で、頬を少し赤らめながら小声で言った。
「……俺、やめとくわ」佐藤が軽く手を振って返す。
「おうじゃあな」田中が出て行った後佐藤がニヤニヤしながらみんなに顔を向ける。
「あのさ……」誰かが興味津々で聞き返す。
「あ?」佐藤は声をひそめて、楽しそうに続ける。
「今日、田中のヤツ、山田に告るらしいぜ」山岡が無表情のまま、短く聞き返した。
「それで?」鈴木が身を乗り出し、ちょっと興奮気味に言った。
「告ったあとって……どうなるのかな、おれこえええよ……!」
佐藤が顔をしかめて、即座に突っ込む。
「……やめろお前、マジでキモイわ」
鈴木は気まずそうに笑いながら、そそくさと立ち上がった。
「おれトイレ……」佐藤がクスクス笑いながら、みんなを見て言った。
「1人逃げたか。さあ、いくか!」佐藤がリモコンを握りニヤリと歯を見せて笑う。
「ヤバくないか……?」誰かが震えた声で。「今更やめんのかよ!!」佐藤が煽る。チャンネルを合わせる。画面がじわじわと明るくなる。
最初は暗闇だけ。
――「うわああああああああああ!!!!」小便中の鈴木、テレビの方からものすごい絶叫が爆発した。続いて別の声が。
「えっちだあああああああああああ!!!!」
鈴木は太い眉毛をピクピクさせ、メガネをグイッと上げて息を切らした。
(え、えっち……!? ついに映ったのか……!? 一体何が映ってるんだよ……ローマ字のHってオチじゃないよな……!?)
「えっっろおおおおおおおおおおお!!!!」また別の絶叫。
(えろ!?ローマ字のHじゃないのか……? まさか本当に……!)
鈴木はトイレから恐る恐る戻ると、みんながゴクリと生唾を飲み、テレビに顔を寄せている。
「うあああああああああああああ!!!!!」
鈴木は絶叫した。その一連の叫び声は開けっ放しのドアから廊下中に響き渡り、女子部屋にも届いた。
女子部屋では――
「なにあの声!?」
「なんか……その、えっち! とか聞こえてきてんだけど……!」
「くそバカ男子、うるさいっつーの!!」
怒り心頭の女子たちがドドドドッと男子部屋に突入。
先頭はクラス委員長の山田。頬をぷくーっと膨らませ、眉を吊り上げて仁王立ち。
「ちょっとこらおいお前らうるせーんだけど!!??」
勢いよく入ってきて――真正面からテレビを見てしまった。
「えっ……う、嘘……」
山田の顔が一瞬で真っ赤に染まる。目を見開き、口をぽかんと開けたままフリーズ。後ろの女子たちも次々と画面を見て、「きゃあっ!」と顔を覆ったり、小さな悲鳴を上げたり。そこへ佐々木先生が慌てて駆けつける。パジャマにガウンを羽織ったまま、髪を少し乱して。
「もー君たち何やってんの! 夜遅くに大騒ぎして! 何見てんのほら見せなさ――」先生も画面を覗き込んで、ピタリと止まる。
次の瞬間、目がうるうると潤み始め、ぽろっ、ぽろっと大粒の涙がこぼれ落ちた。みんなが、まじまじと画面を見つめる。
えっち検出ちゃんねる、そこに映っていたのは
――旅館の裏山の茂みの中で、沖縄固有種の小型ハブ・ヒメハブの、極めて珍しい交尾シーンだった。雄が雌にねっとりと絡みつき、激しく体をくねらせている。
そして、ドアのところで田中がノロノロと戻ってきた。前髪が長く目を隠し、ニヒルな表情のまま顔は真っ赤、肩を落としている。
「おう田中、戻ったか」田中は無言で部屋に入り、テレビを見て――突然、ぼろぼろと大粒の涙をこぼし始めた。長い前髪から涙がぽたぽたと落ちる。
「おい田中、どうしたんだよ……!」田中は震える声で、クールぶったニヒルな調子をなんとか保ちながら呟いた。
「……山田、彼氏いるわ」
ヒメハブを眺め、田中は光り輝く涙をこぼす。
「……そうか」部屋が一瞬、重苦しい沈黙に包まれる。
佐藤が気まずそうに頭をガシガシ掻き、ポツリと。
「……今日は飲もうぜ、田中……」
「……寝なさいあんたたち」
「俺の……カード……」
えっち検出ちゃんねる おしまい
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