八話 選ばないという選択
第八話 選ばないという選択
翌週、藤堂は会議室の後方に座っていた。
定例の進捗共有。案件数、処理速度、是正率。壁面に投影される数字は、どれも前期よりわずかに改善している。司会役の上席審査官は淡々と説明を続け、誰も異を唱えなかった。
藤堂の端末が短く振動した。
《あなたの担当案件、問題なし。対応が安定しています》
評価通知だった。定型文に近いが、名指しで届くことは珍しい。藤堂は画面を閉じ、表情を変えずに前を向いた。
安定。
その言葉が何を指しているのか、彼には分かっていた。止めないこと。波風を立てないこと。規定の内側で完結させること。判断を制度に預け、個人の痕跡を残さないこと。
会議は予定通りに終わった。質疑もなく、結論もない。ただ確認され、次に進む。それが正しい進行だった。
廊下で、同僚の一人が藤堂に声をかけた。
「最近、扱いが上手いですね。無理に直さない。ああいうの、助かります」
藤堂は曖昧に頷いた。否定もしなければ、肯定もしない。その態度が、相手にとって最も扱いやすい返答であることを、彼は知っている。
執務室に戻ると、新しい案件が割り当てられていた。提出者の名前を見て、藤堂は一瞬だけ指を止める。
林月華。
前回よりも早い提出だった。内容はまだ確認していない。それでも藤堂は、これが自分に回ってきた理由を理解していた。
止めない。
その実績が、彼を選ばせている。
藤堂は深く息を吸い、端末を開いた。画面には、まだ何も表示されていない。
選ばないという選択が、ここでは最も評価される。
それを知ってしまった自分を、彼はまだ責めることができずにいた。
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