七話 沈黙の連鎖

第七話 沈黙の連鎖


 林月華の名前を見た瞬間、藤堂は画面を閉じかけ、思い直して指を止めた。


 再提出された脚本は、前回よりも静かだった。刺激的な表現は削られ、直接的な断定もない。登場人物は判断を避け、問いを投げたまま場面が切り替わる。規定集を横目で確認しても、明確な違反は見当たらなかった。


 ――通る。


 そう結論づけるのは簡単だった。だが同時に、藤堂は理解していた。これを通せば、意味は残る。余白が多い分、受け取る側に委ねられる。委ねられた判断は、いつも想定外の場所へ届く。


 端末の右上に、修正提案の項目が淡く点灯している。触れれば、いくらでも手を入れられた。期限まで、まだ時間はある。誰からの催促もない。上からの圧力も、下からの要望もなかった。


 止める理由がない。


 その事実が、止めなくていい理由として機能していることを、藤堂は自覚していた。


 彼は端末を伏せた。机の上には、処理待ちの案件がいくつも積まれている。林の脚本は、その中の一つに過ぎない。作業は進み、時間は過ぎる。


 確認通知が一度だけ届いた。藤堂はそれを読み、反応しなかった。


 沈黙は中立ではない。  そう理解していながら、彼は何もしなかった。


 放送日。特に問題は起きなかった。抗議も称賛もなく、報告書には定型文が並ぶ。街はいつも通りで、ニュースは別の話題に移っていった。


 業務終了の通知が届く。処理完了。承認者の欄には、個人名はない。


 何も起きなかった。  それを、彼は選んだ。

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