六話 匿名の修正

第六話 匿名の修正


 修正指示は、私の端末から送られたはずだった。


 だが、制作側に届く文面には、名前がなかった。発信者欄には部署名だけが表示され、個人を示す情報はすべて削除されている。


 「仕様です」


 事務担当は淡々と言った。


 「個人名を残すと、現場が混乱しますから」


 混乱。その言葉に、私は何も返さなかった。合理的だと思ったからだ。


 林月華から届いた確認要請は、短いものだった。


 《この修正は、どなたの判断でしょうか》


 私は画面を見つめ、すぐには返信できなかった。判断したのは自分だ。しかし、それを示す欄はどこにもない。


 《上の判断です》


 定型文を選び、送信した。嘘ではない。制度の上で見れば、そうなる。


 数時間後、修正版の脚本が届いた。指摘箇所は整えられ、違和感は消えている。規定上も、内容上も、問題はない。


 私は確認欄にチェックを入れた。二度目の署名は、求められなかった。


 誰の判断か分からないまま、表現は変わる。


 その日の終業放送が流れた。標準時刻を告げる、いつもと同じ旋律だ。


 私は端末を閉じ、ふと考えた。


 名前が消えることで、責任も薄まるのだとしたら——。


 その先を、考えるのはやめた。

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