三話 正しさの設計図

第三話 正しさの設計図


 宗教統合機構は、文化省とは別の棟にある。内部構造は迷路のようで、意図的に外部者を戸惑わせる設計だと聞いたことがある。


 スーリヤ・アディは、その最上階にいた。


 「君が藤堂か」


 彼は穏やかな声でそう言い、私を席に促した。年齢は二十代後半。だが、その立ち居振る舞いには、長年制度の中枢にいた者特有の安定感がある。


 「問題の脚本について、意見を聞きたいそうだね」


 私はこれまでの経緯を簡潔に説明した。林月華の意図。自分の判断。


 スーリヤは黙って聞いていた。


 「秩序は、人を救う」


 彼はやがてそう言った。


 「疑問を持つこと自体は否定されない。しかし、それを共有することは別だ。共有された疑問は、秩序を揺るがす」


 「では、表現はどこまで許されるのですか」


 私の問いに、彼は少しだけ微笑んだ。


 「許される範囲までだ」


 それは答えになっていない。だが、制度は常にそうだった。


 「正しさは、設計されている。だから再現できる。再現できない正しさは、社会にとって危険だ」


 私は反論できなかった。論理としては完成している。


 「君はまだ、制度を信じている」


 スーリヤはそう言って、話を切り上げた。


 その言葉が、なぜか胸に残った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る