四話 標準的な市民

第四話 標準的な市民


 ヌル・ハサンは、私より二歳年下だった。共通語教育施設で出会った、市民代表の取材対象。形式上はそういう位置づけだ。


 彼は明るく、礼儀正しい青年だった。


 「共栄圏での生活に、不満はありますか」


 定型質問を投げかけると、ヌルは少し考えたあと、首を振った。


 「不満というほどではありません。教育も医療もあります。仕事も」


 「自由については」


 「自由……」


 彼は言葉を探した。


 「選択肢は、決められています。でも、その中から選べます」


 それは制度の理想的な説明だった。


 「それで十分だと思いますか」


 「はい」


 即答だった。


 取材を終え、別れ際に彼は言った。


 「藤堂さんたちは、難しいことを考える人たちでしょう。でも、守ってくれているのも事実です」


 私は何も返せなかった。


 帰り道、標準時刻の放送が流れていた。朝と同じ旋律。違うのは空の色だけだ。


 秩序は、誰かの日常によって支えられている。


 その重さを、私は初めて実感していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る