すべてを諦めたら溺愛ルートが待っていました。

@sz_12

第1話

「マリアってば、またこんな成績なの? 私の妹のくせに馬鹿なんて許さない」

 二歳上の姉、マリンがわたしを叱る。その手にひらひらとさせている紙には、A判定といった成績が書かれていた。別に悪い成績というわけではない。ほんの少し、姉より劣っているだけだった。

「ほんっとに勉強したの? Aがついたからっていい気にならないで! 2問も間違えるなんてあり得ない」

 この発言からもわかる通り、姉は完璧主義者である。テストも当然満点で、成績もオールA。わたしもオールAではあるが、姉とは違ってギリギリの判定だったため、気に入らないらしい。


「あら、二人とも成績返ってきたの?」

 そうこうしているうちに、母親がやってきた。わたしたち姉妹を交互に見て状況を把握すると、わたしに対して「どうして出来ないのか」「姉はこんなにもできるのに」とでも言いたげに、まるで品定めをするみたいに見下してきた。この親子はわかりやすい。

「マリンは今回も満点だったのね! 今夜はあなたの好きな料理にしましょうね」

 わたしの存在がいないかのように二人で会話を続ける様子にうんざりするが、もう慣れてしまった。

 満点を取れなかったわたしが悪いけど、それにしたって扱いが雑だと思う。そもそも満点を取ってきた日だって、母は私を褒めてはくれなかった。姉の方が難しいテストで満点だからって。

 母は、父と兄が隣国へ視察に出てから様子が変わった。きっと寂しくて感情が不安定になっているんだと思う。

 ただ、学年が違うんだから姉の方が難しいのは当たり前で、わたしだって進級したら出来るようになるはずなんだから、もうちょっと褒めてくれてもいいと思うんだけど。

「はぁ……」

「マリア!」

 ピシャリと呼ばれて、思わず背筋が伸びる。ため息がバレたのかも。

「自室に戻って勉強してなさい。食事はメイドに運ばせておくから」

 叱られなかったことに安堵し、胸を撫で下ろす。今日の夕飯は何だろうか。

「掃除もやっておいてね。三日後にマリンの婚約者が結婚の話をしに来るから、粗相するんじゃないよ」

 婚約者って……確かに姉は十八になるから居てもおかしくない。だけどそんな話聞いたことない。

「そういえば、マリアには言ってなかったわね。もしかして、婚約者がいるのが羨ましい? ごめんなさいね。私ぐらい優秀で美人だと何かと大変なのよ」

「そうね。マリンにぴったりの素敵な方が婚約してくださって安心だわ。そろそろ結婚式の準備も始めましょうね」

 嫌味ったらしく告げる姉と喜んでいる母を無視して部屋を出る。


 家族なのに、何も知らされなかった。婚約したなら教えて欲しかった。

 馬鹿にされることはあっても、虐待とまではされていないと思っていたし、学校のことも聞いてきたから、少しはわたしのことも気にかけてくれているのだと思っていたのに。

 これから家族になる姉の婚約者の話をわたしは一切知らされてこなかった。

 今でこそ姉とは仲が悪いが、小さい頃はよく一緒に遊んでいた。少なくとも、わたしが学園に入学するまでは優しかった。大好きだった。追いつきたかった。そんないつしかの思いを否定された気分だ。

 どんなに自分が否定されても、嫌われているわけではないって信じていたのに。

 自分の部屋に入っても、何もする気が起きないでドアを塞ぐようにして三角座りで縮こまる。

 寂しいなぁ……。


「マリア? 入っていい?」

 ドアのノックとわたしを呼ぶ声が聞こえて、鼓動が激しくなる。

 もしかしたら、何も言わずに出て行った妹を心配してきてくれたのかもしれない。なんて淡い期待を持ちながら、ドアをゆっくりと開いた。

 開いたドアの隙間から、泣きそうな顔を伏せがちに姉の顔を見ると、姉もまたわたしの顔を見ていた。

「婚約者のこと、そんなに嫌なの?」

 いつもよりも落ち着いた声に驚いて言葉に詰まる。期待しそうになるのを抑えて、なんとか気持ちを伝える。

「……少し、寂しいだけ」

「私が結婚したくらいで? ふふ、マリアってば」

 姉はわたしの頭を撫でるような手つきで触れている。久しぶりの優しい感覚に、心が暖かくなるような気がした。


「本当の家族じゃないのに、そんなに寂しがってくれるのね」

「え……」

 姉の発言に、頭がぐわんと揺れる。心が冷えたみたいに動けない。この人が、今、なんて言ったのか理解できない。

「ああ、これもまだ言ってなかったわね。実は、あなたとは血が繋がってないの。マリアってば赤ちゃんの頃うちの前に捨てられてたんだから」

 頭に置かれた手の力が強くなる。髪を引っ張るみたいに強く。

「可哀想なマリアちゃん。あなたの家族は何処にもいないの」

「なんで……」

 痛む頭を押さえて思考する。それなら本当の家族は何処にいるの? 何故捨てられたの? なんで家族じゃないって言うの? 他人だなんて言わないでよ!

「あなたの本当の家族は知らないけど、あなたはいつまでもここに居ても良いのよ。今のマリアの居場所はここでしょう。私が結婚するのはもう少し先だし、結婚しても妹としてそばに居させてあげる」

 家族じゃないって言っておきながら、どうしてこんなにもわたしを縛るの? そんなのよりも普通の姉妹みたいに仲良くしたかった。

「ここまで大変だったんだから。私より馬鹿な方が可愛かったのに、頭も良くて、男にも人気で」

「そんなことない」

「ううん、そんなことあるの。だからその分私も必死に勉強して、マリアに好意を持つ男たちを私の虜にした」

 鋭い目つきでわたしを見る。今までにない圧を感じる。怖い。

「私はこれから準備があるから、私より不出来な子のままでいてね。もう頑張らなくていいから」

 そう言い捨て、バタンと部屋から出て行ってしまった。


「頑張らなくていい……」

 そんな言葉、もっと違う場面で聞きたかった。これまで頑張ってきたのがなんだったのかわからない。

 全部マリンを引き立てるためだったの? 昔の楽しかった思い出も全部嘘?

 家族も全部嘘なら、わたしの居場所なんて存在しない。ここにももう居たくない。


「すぐに出て行かないと……」


 マリンはああ言っていたけど、言いなりになんてなりたくない。

 頼まれた掃除も、用意された食事も、勉強も全部辞めてやる。マリンの言う不出来な子になんてなってやらない。

 これからは、家族からの愛も生活も何もかも全て諦めて、一人で生きていく。

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