第2話 その先に

「美帆、コレ……」


「え!?」


「僕と一緒になって欲しい。結婚して下さい」


 100万ドルの夜景を見た僕等は最高超にロマンチックな気持になっていた。

 赤レンガ倉庫脇の海の見えるベンチで僕は、今日の感じた思いを美帆に全て打ち明けこの指輪を買った事を話した。美帆はあの時と同じ様に涙を流して震える手を僕に差し出した。僕は美帆の細く震える指に指輪を通した。そして僕の指に美帆は指輪を通してくれた。2人重ねる手がキラキラ輝いていた。


 この瞬間を僕は、僕等はきっと忘れないだろう。


 


 あの旅行から帰宅した僕等は一緒に暮らすべく準備を進めた。住む場所や、どんな家具を置くか、家電など決める事が沢山あり僕等は忙しく過ごしていた。函館で撮った写真を見てはあの時の気持を何度も思い出していた。


 その頃美帆は日頃の努力の甲斐もあり係長に昇進した。少しずつ帰宅の時間も遅くなり僕と過ごす時間も減ってきていた。

 一緒に暮らす話もトーンダウンしてきていたように感じた。


 休日出勤も増えてきた頃、美帆の口からは課長の名前が出る事が多くなってきた。でも、僕はそれを何でも話てくれていると安心しきって聞いていた。

 それがよくなかった……。美帆は課長に惹かれ初めていたのだ。自分よりも仕事が出来る尊敬する男性が側にいる。それが恋に変わるのにそんなに時間は掛からなかった。

 

 ある日の休日、街で美帆が運転する車を見かけた。僕は胸騒ぎがしてその車の後をつけた。美帆は今日も会社に行ったはず……。こんな所で見かけるはずが無い。だってこの道の先にはラブホテルしかない……。僕等が何度も通ったそれしか無いはず。あの角を曲がった先……。その時美帆の車のウインカーがホテルの方を指した。僕は全身が震えるのが分かった。血の気が引き運転を続けるのも危険だと判断しハザードを出して道路脇に停めた。

 どれほどの時間その場所にいたのだろうか?辺りは薄暗くなっていた。美帆から、今日は仕事で遅くなるから会えないと連絡が来ていた。


 

 2日後、美帆からドライブの誘いの連絡が来た。 

 いつもの場所で待ち合わせをしてドライブへ出掛けた。いつも通り助手席に座る美帆。僕は美帆のしぐさ、瞳の動き全てを観察してから車を動かした。

 課長の話を楽しそうにジェスチャーを交えてする美帆の横顔。 そしてその指には僕が贈った指輪が光っていた。




 あの日の美帆で居てくれたら……。真っ白いドレスを着て、僕と誓いのキスをし、涙したキレイな美帆で居てくれたら。どんなに良かったんだろう。


 醜く歪む美帆の顔。何かを言いたげなその瞳から流れる涙はあの日とは違い、濁り、輝きを失い僕の指に零れ落ちた。僕の指輪を濡らした美帆の涙。それに優しく接吻をした。苦く口に残る美帆の涙。


 もしも、今日、美帆の口から課長の話が出なかったら、2人で暮らす未来の話で盛り上がることが出来ていたら、こんな結果になっていなかった。

 座席の背もたれを倒し美帆の手を胸の前で組んだ。花屋に立ち寄り美帆の好きなガーベラをその胸に抱かせた。



 僕も直ぐに行くから、あの日の美帆に会いに行くから。僕は車を走らせた。


 静かに横たわる白く美しい僕の愛する人。もう、僕の為には微笑んではくれない。



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愛の果て aoinishinosora @aoinishinosora

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