第6話 開帳と青い果実 ※性的加害を示唆する描写あり

 ※本エピソードには、キャラクターへの執拗な接触、衣服の損壊、および性的羞恥心を煽るような加害描写が含まれます。非常にショッキングな内容を含みますので、苦手な方は閲覧をお控えください。

 

 「待て待て、免罪符の申請がまだだ。遊ぶのはいいけど、まだ本番まではやめとけよ」

 忠告を受け、男はわかっていると笑う。


 まただ。水汐はどうにか男達のやり取りに集中する。


 また免罪符と彼らは発言した。


 言葉通り受け止めるなら、罷免の証明書のことだが意味が分からない。


 男が勝ち誇った表情を浮かべながら水汐を見下ろす。その邪な眼差しは水汐の胸元へ降り注ぐ。ナイフの腹で胸を撫でられ、水汐は唇を噛んだ。


 よく写せとカメラマンに命令し、男が向き直ったところで彼女は質問を口にする。


 「なんでそこまで、夏原旅館にこだわるんですか?」


 切羽詰まった口調で水汐は尋ねた。訊くなら今しかない。

 男は質問に顔をしかめ、水汐は更に続ける。


 「私はともかく、夏原旅館のことは初めから狙っていた筈です。リスクだってありました。何故、ここまで固執するんですか」

 「言ったろ、嘗められたら終いなのがこの稼業の性なんだよ。あと俺達はテメェの温泉を持つのが夢だったんだ」


 周りから漏れる笑いに負けないように少し大きな声を水汐は出す。

 「こういっては何ですが、夏原旅館にそこまでの利益があるとは思えません。あの土地を手に入れても、貴方方にそこまでの価値が——」


 プツリと、キャミソールの肩紐が切られて口噤んだ。男は残った左の肩紐をナイフで撫でる。水汐は刀身の冷たさに顔をしかめた。


 「……価値があるとは思えない。狙いは何ですか?」

 「うるせぇ」


 肩紐が呆気なく切られると襟の中心に刃が少し入って来る。水汐は歯噛みしながら男を睨んだ。


 「それとも知らされていないのですか? 例えば依頼されただけで、目的は知らないとか」


 男は鼻を鳴らし、ナイフをじりじりと落としていく。キャミソールが中心で少しずつ裂け、落ちる切っ先に引っ掛かった和装ブラのホックが千切れていった。


 水汐は顔を険しくしながらも、何とか男を見上げる。


 「使い走りだから知らない、ということですか?」

 男はつまらなそうに舌打ちした。

 「生意気言うじゃねェか小娘」


 力が込められ、ナイフが降り落ちた。キャミソールが縦に両断され、流石に水汐も目を瞑ると、すぐに男は乱暴な手つきで布切れになったキャミソールを引き剥がした。


 水汐の身体が無防備に揺れる。


 開かれた彼女の身体を男が無遠慮に正面から見下ろす。垂れ下がるセーラー服は広がり切らず、どうにか晒されずに済んでいるが、そよ風に崩される防壁に過ぎず心許ない。


 微風で暴かれることへの心細さを隠し、水汐は懸命に男を真っ直ぐ見上げる。


 男は胸元に目線を下げ、唇を歪めた。おやおや、と口を動かす。

 「こいつは大人顔負けだ。嬉しい誤算だね。中身も生意気だったが、身体の方はもっと生意気と来た」


 おら撮ってやれ、と男が怒鳴る。

 撮影している男が正面に回って彼女を写す。際どく隠れる胸の間をアップにした。

吐き気がする。


 怒りが募った。男達が揃いも揃って未成年に興味を抱いている姿が気持ち悪くして仕方なかった。


 いや、落ち着かなくては。水汐はあらためて周りの男達を観察する。空手家崩れのヤマを含め、屈強な肉体をしている者が幾人もいた。仮にロープが解けても、水汐など簡単に抑えつけられそうだった。


 特に一人、異様な気配を纏っている者がいた。


 年齢はおそらく30代。片手に漆黒のステッキを持っているスーツ姿の伊達男。皆から一歩離れて水汐の様子を眺めている彼を周りの男も恭しく接している。


 ヤクザには見えない。だが、堅気にも見えない——いったい何者なのか。


 「お、免罪符取れたわ。対象はその嬢ちゃん」

 携帯端末を操作していた男が声を上げる。やっとか、と呟いてから水汐の正面の男が笑った。

 「いいぞ、何とった?」


 「嬢ちゃん対象にレベル高めの免罪符を発動させた。ただ傷害と誘拐後付けだから割高になった」

 「ケチかよ。まあいい、それで?」下卑た笑みを浮かべる。「どこまでやっていいんだ」

 「やりたいことをやりゃいい。ただ、旅館との交渉が終わったら、解放しなくちゃいかん。結構派手にやったからな。だから俺等の記憶は消す必要がある」


 「マジか。いやー、でもな」

 男の太い左の人差し指がへその下に触れた。びくりと身体を震わす水汐の反応に満足しながら、男の指が上へと昇っていく。

 「出来れば覚えていて欲しいね、嬢ちゃんには俺達との濃厚な記憶を」

 「ああ、それなら大丈夫だ。思い出させることも可能らしい。需要がありそうだからな、この嬢ちゃん。事件が沈静化したら、もう一度さらって、色々仕込みたい」


 「そりゃよかった」

 昇る指がへそをなぞり、腹をなぞり、胸の高さまでなぞる。思わず水汐は逃げるように身をよじった。

 「何だ? 随分気に入ったんだな?」

 「まあな。ヤマがご執心なのも分かる。まだ青いが、幸い早熟だしな」


 指が、首筋を辿って顎を撫でた。

 そのおぞましい感触に水汐は顔の色を失い、悔しそうに顔を背けると、背けた顎を男は掴んで自分に向けさせた。


 水汐の揺れる瞳が男を反射し、彼女は頬を赤く染めた。遂に見え始めた羞恥心に男は満足し、舌を舐めずった。


 「免罪符の期間はどれくらいだ?」

 「取り敢えず二日だ。まあ、映像撮ってから旅館を脅して交渉するから伸びるだろうけどな」

 「五日はとっとけ。連中が要求を呑んでも、この女は徹底的にやり尽くす。一旦解放するにしてもその後だ」


 ナイフの背がスカートの裾を少し持ち上げ、中にあるショートパンツに切っ先が触れる。


 太ももをナイフの腹でさすられ、身を強張らせる水汐。男はナイフを懐に仕舞うと、顎に置かれていた手が来た道をなぞった。まるで乾いたナメクジに這われるような不快さに水汐は目を瞑る。


 指が胸の中心で止まった。水汐は目を閉じたまま顔を背け、男は彼女の胸元に目を落として口元を歪めた。


 「大人を挑発しやがって。本当に生意気なガキだぜ」

 男は欲望に心躍らせ太い指で彼女の胸の中心を小突いた。


 水汐の身体が、力なく震えた。


 その様子を眺め男が興奮を露わにし、そんな彼の行動の原点を水汐は知っていた。


 支配欲。


 性欲ではない。例えば痴漢の半分が勃起していないように、与しやすいと判断した女性を支配下に置きたいという欲求が彼を動かしていることを水汐は分かっていた。


 だっていつもそうだから。


 男は邪な表情で顔を近づけて口角を下品に上げた。

 「長い付き合いになりそうだから宜しくな、嬢ちゃん」

 鼻につく息が漂った。悲鳴を押し殺すのに苦労する。


 目の端で動きがあったのはその時。


 ヤマが腰掛けていた伊達男に耳打ちするのが見える。伊達男は水汐を一瞥してから緩慢に立ち上がると踵を返した。


 二人はゆっくりとした歩調で外に向かっていく。水汐は腰の位置に触れてくる男の手に身体を揺らし、呼吸を乱しながら彼らが夜の闇の中に消えるのを待った。


 見えなくなる二人。


 水汐は痛みと悪寒に耐えながら口を開いた。

 「免罪符とはなんですか?」


 男が怪訝そうに目を細め、水汐はもう一度訊く。

 「さっきから免罪符と言っていますが、それは何のことですか?」

 「そんなこと気にしてる場合じゃないだろ、お嬢ちゃん。それに、そこら辺も多分忘れちまうけどな。よく分からん薬のおかげなんだが——」


 「忘却薬のことは知っています。原理も説明できます。そのことはどうでもいいんです」


 男の動きが止まる。目を見開き、混乱を表に出して水汐をまじまじ眺めた。彼が一歩身体を引くと、離れる手に撫でられ、水汐のセーラー服が波打った。


 水汐は息を整え冷静に続ける。

 「答えられないなら、質問を変えましょう。消毒部隊、彼らが貴方達に協力している理由はなんですか?」

 「しょうど……なんだって?」


 なるほど、消毒部隊の名称は知らないということは、やはりそこまで深くロウ・ディフェンダーに関わってはいない。


 なら、もう用済みだった。


 免罪符の正体を見極めたかったが、ここまで来たら仕方ない。


 「最後の質問です。私が何故、先程貴方を蹴ろうとしたか分かりますか? 止められると分かっていたのに」


 男の視線が下に行き、水汐は少し笑った。


 答えは簡単で、手の方に注目してほしくなかったから。


 鉄の香りが広がった、直後。


 縄を切り落とし、上体を前に倒して勢いをつけて右手を一気に叩き込む。

 短刀が男の左肩に激突した。峰の方が直撃したので肉の潰れる感触と鎖骨の折れる手応えがもろに伝わって来る。


 男の悲鳴が木霊する。返す刃で振り上がる短刀の峰が顎を跳ね上げると、白目を剥いて彼は乾いた牧草に背中から倒れた。


 ヤクザ達が慄く。蛍光灯に白く染まった短刀が非現実的な物に見える。

 水汐は左手で左右に広がろうとする服を胸の高さで掴んで、呼吸を浅く繰り返す。


 あの伊達男が参戦する前に、数を減らそうと集中していった。


 彼女の背後にいた坊主頭がナイフを握り、腰の位置で固定して突進しようと気炎を発したのはその時。


 水汐が身を翻し、左足を坊主頭に滑らせる。何かを担ぐように上体を前に動かし、肩を回し、右腕を振り下ろす。


 影が奔り、影が伸びた。


 男の肩に強烈な硬さが降り注ぐ。くぐもった声を吐き出す彼の目に、水汐が握る刃渡り六十cmの分厚い刀が映った。


 全身が黒ずんでいるそれは刀身も鍔も、柄までも同じ色で統一されていた。というより、同じ材質で出来ているように見える。


 「は?」


 間抜けな声を出す彼のこめかみに手首の回転で振るった刀の一打がめり込んだ。気を失う彼に背を向け、水汐は周りにいるヤクザに向き直る。


 「ポン刀だ? どこに持ってやがった」

 「どこって……あんな恰好だぞ、隠して持てる筈が……」


 戸惑うヤクザに水汐は駆けた。黒髪が跳ね、服の裾が後ろに引っ張られて広がった。すらりとした足は一気に回転して水汐を前へ前へと送り続ける。


 ここから、全て覆す!

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