第1話 属性過多な巫女と、不審死の町
「属性が多い」と、夏原カスイは水汐に言った。
無人神社とはいえ、神社に住んでいる水汐は普段巫女の格好をしていて、旅館の手伝いをしている今は和装を披露し、長い黒髪を夜会巻きにしている。
そして部活は、と改めてカスイが訊くと水汐は戸惑いながら、
「弓道部です」
「多いわ!」
机を叩き、声を張り上げる。
「キャラが多い。もうよりどりみどりですわ、ありがとうございます!」
熱狂するカスイとは対照的に、水汐は絶対零度を身に纏う。
「カスイさん、まだ大学生ですよね? 生き急ぎすぎじゃないですか?」
「人生なんて短いんだから急ぐにこしたことはないね」
カスイが言い終わると、厨房の扉のロックが解除される電子音が聞こえた。指紋や網膜で開く簡易式の防犯システムだ。義務ではないが、今ではどこの職場でも施行されている代物だった。
「何だい、また水汐ちゃんにちょっかいだしてるのかい、この子は」
苦笑を浮かべながら、カスイの母であり、旅館の女将でもある女性が扉をスライドさせて入って来る。
水汐が恭しく頭を下げるので女将はやめてくれよ、と手を振って笑った。
「水汐ちゃん、そんなにかしこまんなくてもいいんだよ?」
「いえ、そんな訳にはいきません。女将さんにはお世話になりっ放しですから」
3年ほど前に水汐は夏原旅館の近くにある紅神社に住むようになった。詳しい事情はカスイも知らないが、神社の神職が彼女を引き取ったらしい。
紅神社は温泉を奉る神社だ。その奉っている温泉を取り扱っているのが夏原旅館ということもあり、夏原一家と神職は付き合いが長く、水汐と夏原家が交流を持つようになったのも、自然な流れだった。
そんな紅神社無人神社になったのは八か月ほど前だ。
元々宮司は助勤として他の神社にも通っていたのだが、助勤先の神社の宮司が死去したことで、そこの神社の宮司に彼が任命されたのだ。
断り切れず、宮司は助勤先の神社に常駐することになった。紅神社までは手が回らない、ということになりいわゆる無人神社になることが決定した。
その際、住み込んでいた水汐も宮司と共に紅神社から離れると、カスイは思っていた。
だが彼女は残ると言い張った。宮司も説得はしたらしいが、水汐はこの土地を離れる気はないと頑なに主張したのだ。
最終的に宮司は折れ、夏原達に出来れば気にかけてくれと頼んで、違う神社に移って行った。今でも彼は水汐の様子と神社の状態をチェックしに定期的に戻るようにしていた。
常駐が居なくなり神社としての活動はしなくなったものの、水汐が残ったので清掃等は彼女が行って清潔に保たれている。
神社を一人で以前のように保全しつつ、水汐は夏原旅館の手伝いまでするようになった。普段から世話になっていることへの礼をしたいのだと、あまりに熱心に頼まれたので女将が折れた結果だった。
料理の腕や、金銭のやり繰りのノウハウまで水汐は教えてもらっている。その上達速度は非常に速く、カスイは将来が恐ろしいな、と思っていた。
「本当に大したもんだよ、水汐ちゃんは。今じゃウチの旅館のお金の流れを把握してるの、私と夫を抜かしたら水汐ちゃんだけだもんね。私らに何かあったら次の女将は水汐ちゃんに決定だね」
「学生に何やらせてんの?」
若干引き気味にカスイが言うと、女将はふふんと鼻を鳴らす。
「今更跡取りになるってったって、もう遅いからね」
「ならねーし。やりたいことがあるから、ここに留まってる暇なんてないっての」
口調はふざけていたが、目は真剣だった。スナイパーのように射貫く視線は、彼女がライフル射撃の競技で、優秀な成績を収めた者だからか。
カスイは大学に進むと共に実家の旅館を出て、今は寮生活をしている。高校時代のライフル部活動の成績を認められ、ライフル射撃の強化選手に選ばれた彼女は進学と共に本格的に取り組むようになっていた。
ライフルを扱うようになったのは、父親が猟師の経験から銃に興味を持ったことに起因する。興味を持ち、実際に触れるように、その才能を表していった。
「あの……カスイさん」
水汐が胸元で手を重ね、どこか不安そうに尋ねてきた。今回の帰省目的の一つは水汐の様子を見ることだったので、ネガティブな顔をされると思わず身構えてしまう。
「『ロウ・ディフェンダー』からスカウトが来てるって本当ですか?」
おや、どこから聞いたのか。
「ああ、来た来た。将来どうかってね」
「それで、その……」
水汐は伏し目がちに言葉を濁らせる。
そういった態度も可愛いね、と思ったが口には出さずに出来る限り明るく答える。
「人を撃つってのはあたしの性分じゃないって断ったよ」
選手として実績を残し、将来も何らかの形で関わっていきたいとカスイは考えていた。スカウト内容はカスイの将来設計にはない。
明らかにほっとした様子で、水汐は「そうですか」とだけ答えた。水汐の今の態度を見ることが出来ただけでも、拒否してよかったとカスイは思う。
だが、同時に去来するのは三か月前の出来事だ。
「ねえ、水汐ちゃん。最近は大丈夫? 困ったことはない?」
カスイの質問に水汐は笑顔で何も問題ないと答える。
しかしその答えを信用できるかは別だった。
三か月前、彼女はストーカー被害を受けていた。彼女は相談しなかったのだが、同級生が親代わりの夏原達にその旨を伝えてきて発覚したのだった。
水汐は誰にも言わないように口止めをしていたのだが、同級生は心配になって夏原旅館に相談した。
カスイの両親はすぐに水汐に旅館に寝泊まりするように言い、『民間警察』に事件の報告をした。だが根拠薄弱を理由に動くことはなく、暫くしてから事件は起きた。
水汐が行方不明になったのだ。下校したところまでは確認できたが、家には帰ってこなかった。
事態が悪化したことでようやく『民間警察』も動き、夏原家も旅館や大学を休んで捜索を手伝ったが手がかりは掴めず、一週間彼女は発見されなかった。
一週間後に彼女は、近場の交番で発見された。下校時と同じ格好で、外傷はなかったが疲れた様子をしていた。
見知らぬ男に連れ回されたのだと水汐は説明した。それだけで、他には何もなかったと水汐は何でもないように言ってのける。
水汐はそれ以上ほとんど証言しなかった。犯人の特徴も曖昧にしか言わず、どこに連れされたのかも特定できず、未だに容疑者は確保されていない。
一週間の間、本当は一体何があったのか——カスイは想像するだけでおぞましくなる。水汐は変わった様子を見せなかったが、もし連れ回されたこと以上の事があったのだとしたら——そんな想像を時折してしまい、想像してしまう自分を嫌悪し、水汐を傷つけた犯人に怒りを募った。
また、始めから動いてくれなかった『民間警察』にも。
『ロウ・ディフェンダー』のスカウトを受ければ、立場的に水汐を守れるようになるのではないか。
的以外を撃つ気はなかった。だが、どんなに鋭い名刀も鞘の中では物を切れない。スカウトを受けることは、鞘から白刃を解き放つことにも似ているのではないか。
カスイはそう考えるようになっていた。きっと自分も、この町の雰囲気に染まっているのだと、何となしの感想を抱く。
不審死が横行したこの町の。
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